尻尾と頭

20代かそこらの頃、書き留めていたものをちゃんとまとめておきたくなった。たいした意味はないけれど何となく。
それに加えてそれらと同じ傾向(症状?)の最近の思いつきも置いていこう。
あっちの尻尾とこっちの頭がつながる地点が見えてくるかもしれない。

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(日付は不正確)

かたち

書家が字を書くときのように
歌うたいがうたを発するように
字にはもとのかたちがあり、
歌には楽譜というテキストがある
それでもそれらは震えながらこの世界にあらわれるのだ

何時の頃からか
世界で初めての、誰も見たことのないフォルムを
美を、感動を拵えたいと考えてはじめていた。
果たしてそれは意味のあることだったのか。
そういう物ができたとして、それは驚きではある
かも知れないが、真直ぐひろく響くか。
ぼくが立ち、誰かも立っていたはずの庭に吹く風
を描こうと思ったんだろう?誰もがジブンの懐から
取り出して見ることができるもの、そのきっかけ
を。虫を描くのが好きだった。壜や撓んだ布を
描くことに夢中になった。世界中の大半の人が
できることをそれと同じことを少しだけより響く
ように描けた。

0 何が何やら

上手に絵を描けます。何時から
デザインはわからない。何が何やら
チャンネルが一つあるにはある
結局あの、庭を丘を目指すしかないのか?
それでいいのか。ともあれそういうやり方しかできないし、そうしていたことは確か
プレッシャーの多さは引き出しの数と同じ 
要は見えているかどうか
真っ白
0では、どう?
そこから、どう?

しろいかみをひろげる
ぼくのきもち

あの毎日が箍をゆるませて
ついに外れてしまったんだろう

もう一度箍を締めたいと思うか
どうすれば締められるのか

箍の外れた桶をどうすればいいのか
またいちからつくるのか
いまある桶をなおすのか

動けない、というか動かないことについて考えていました。
自分のこと。この1年、もちろん仕事でむりやり動かす
ことはあっても、本当の意味で動いてなかった。
発端は、過労だったのかも。半年間週3時間程度の睡眠で
ぶっ通したら、さすがに壊れて、そこからは1cmも動いていない。
可能性っていうことをいつも考えていました。自分に与えられた
全ての可能性をONにしておきたいと思っていた。
誰も書いたことのないデザインをつくること、ディランの歌を
生で目の前で聞くこと、プロ野球の4番になること、
誰かと結婚して子供を作ること、誰かを殺すこと、
自分を殺すこと、月へ行くこと
したいか、したくないかに拘らず全部残しておきたかったんです。
「たが」を全部はずしていたら、平らなテーブルにこぼした
ミルクのようにだらだらと方向を定めず、とりとめなく。
集中するってことが嫌だったのは、せっかくONになっている
(と思っていた)可能性を畳んでしまうような気がして。
でもそれはベクトルを分散させて逆に「ここ」は止まってしまう
ことになるのかもと、ようやく気がついた気もして。
でも集中するなんてやっぱり嫌だ。何かありきたりじゃない?
集中力とかさ。こぼれたミルクも、向こうとこちらをせき止める
岸をつくれば流れはできる。流れる方向に集中するのではなく
向こうとこちらの岸も忘れないでいたいし、流れて来た方位も
知って、そのうえで流れるなら流れればいいと思う。
四方穏便に済ますなんてことはできっこないんだぜ。
って言ったのは誰だったか。
全ての可能性をオンにしておきたい。これがいかに甘く生半可な
ことかに気付くべきだ。いくつかをしっかりオフにしてこそひとつの
可能性はようやく生まれるんじゃないのか。
走ること。生半可への怒り
食うな、デブ

禁止事項13番

確かに全てを少しずつ自分のものにしようとするのは
水平な机の上にミルクをこぼすようなもので、
だらだらと取り留めなく方向も定めず
間を見るなどといって諦めず
石を通すような集中力をしてという方法論から離れに
離れてここ
禁止事項を置くという考え
岸のこちらと向こうに辺をおく
みずはどちらかに流れ出すだろう。
そこに足を浸してみよう
いくつもの向こう岸、いくつものこちらの岸辺

凪止 DownUnder

どうして動かないのだろう
騒ぐ海も凪の海も
しかし海の底は動きを止めることなく
妄想は止めどもなく溢れゆらめいて
視界の果てその向こうにまで流れて行く
凪いでいる表層のどこかではなく
薄皮の下から深海に至るそこで向こうで
位置を決めることなんかできないし無意味だ
ではそこに意識的にアクセスするにはどうしたらいいのだろう
そうしなければ動かないような気がしていて
アクセスした先が動き出さないかもしれないことへの
恐怖なのかそのカンが鈍くなっているのか
火の玉のような渦になりそこへ降りてゆけば
そこここのツムジを飲み込んでさらに大きな渦にしたものだ
それともある一点へアクセスすることの違和感か
それは激しく動いているそのものへのアクセスの筈なのに
ピンで一点を止めてしまおうとすることの無意味
だから動く渦になる火の玉になる
むねをはって

心の底では
何時の間にか誰かとセットで生きることを
当たり前のように思い込んでしまっていた
他のどんな行きものを見ても
独りは特別なことではなく
可能性の大部分を占めている
ぼくはその他多勢の蟻のひとつ
ハタラキ蟻のひとつ