田舎暮らし

oyama2015

4、5年ぶりか、父親の見守り(介護というにはおこがましい)のために実家暮らしをすることになった。
といってもほんの2、3週間。
調子を崩して入院していた病院からリハビリ&ステイのできる施設へスライドするはずだったのが先方の都合でちょい待ちになったため。

ただ、なんだかんだ言ってもラッキーな方だと思う。
都内の友達は義父さんのことで近県のあちこちに足をのばしてようやく施設を探したというし、別の友達は義母さんを見送るまでしっかりと介護をやりきった。みんなすごい。
田舎に何代も住むということは、一生の節目節目を割合スムーズに乗り越えさせてくれる仕組みに溶け込むということなのだろう。

そういう父を見ていて、もう案外近い未来に迫った自分の場合を想像すると目を背けたくなるような絵面が浮かぶ。田舎を捨て、年金等の社会保障もいい加減だし、老後のことなんて塵ほども考えたことがない。こんな風に思い浮かべてもすぐに目をそらしてしまう。なるようになると思っている(なりません)。貯蓄はマイナスの蓄え(借金も財産)しかないし、元々健康に自信がある方ではない。

と書いて、考えるのはお終い。書いたことで満足してしまっている。もっとちゃんと考えなければいけないのだろうなあ。

この後実家の方は状況を整理していかなければならない。リハビリの結果によるけれども、入院前までのように独り暮らしをするのはそろそろ難しくなっているようだ。その後そのまま滞在型の施設に移れれば良いのだが、申し込みはしたもののどうなるかわからない。
新聞や牛乳、光熱その他の精算と休止。電話回線の休止。郵便の転送手続きと近所へのお知らせ。そもそも家の中を少し片付けないと。自分と妹家族の倉庫代わりになっているスペースが結構ある。お見舞いをいただいた方への快気のお返し。

ほんのしばらくではあるけれど、暮らしと仕事ができるようにネット回線の整備(済)。多少の洋服を洗濯後持ち込み(未)。風呂など燃焼システムの点検(業者に依頼)。それから作業机はどうするかとか、ヘルパーさんとの兼ね合いはどうするかとか考えることがいっぱいだけれど、もう明後日からのことだから見切り発車で行くしかない。

前回はちょっと頑張りすぎたし甘く考えすぎていた。仕事は各方面にお詫びしてセーブさせてもらったのだけれど、そもそも一旦セーブして復帰後元に戻るような、そんな需要があるはずはないのだった。どこぞの大御所でもあるまいし。別の人が入ってしまえばそれまでのこと。手放した仕事は帰ってこない。
後悔はしていない。あの時頑張ったことで父も今まで実家暮らしを続けることができたのだと思う。そのための助走になったのではないかと思う。

今、幾つかの仕事が動き始めて大切な時でもある。今回は仕事の優先順位もイコールとしようと思う。介護サービスの助けをフルに活用させていただいて乗り切る。