井戸端の人たち

Facebookで、誰かがこう書いたとする。曰く、「ある店で食事をした後ひどくお腹を壊した」と、ご丁寧にその店の写真付きで投稿。
さて腹を壊したのは本当にその店の料理が原因だったのか。
腹痛なんてどんなタイミングで起こるかわからない。家での朝食が悪かったのかもしれないし、感冒性のものかもしれない。

それを読んだ「友人」はとんでもない店だと騒ぎ始める。そんな店のことは広く知らしめなくちゃと正義面して脊髄反射シェアする人も出てくるし、コメント欄はその店のあることないこと非難の大合唱。当然その類友も繰り返す。こうしてお化けのように悪評は広まっていく。

噂話やオカルト・陰謀論が大好きな井戸端会議の常連さんがそのまま同じ感覚でWEBに登場するとこうなる。思いやりも覚悟も何もない人たち。もちろん井戸端ってのはものの例えだけれど。

まずは医学(科学)的な根拠を元に腹痛の原因を特定し、もし本当にその店が原因なら個人的にするべきことをすればよい。その店の悪質さが露見したならその時初めて周りに応援を求めたり、注意を促したりするだろう。
第三者はいかにもひどい店だと思ったとしても話を喧伝(シェア)するときは立ち止まって考えてみたほうがいい。当事者でないのなら事実の尺度が正確には掴めないだろうし、その店の店員にも守りたい家族や生活があることに思い至るべきだ。

要はそこに思いやりと、書いたりシェアしたりすることに覚悟があるのかということ。そもそもWEBなんかで騒いでもせいぜい誹謗中傷にしかならないが、それでダメージを受ける人もいる。ましてそれがデマや非科学的な言いがかりが火元だとしたら救われない。本当の意味で物事を解決したいのなら然るべき行動を起こすしかないのだと思う。
実際の行動で埒が明かない時に効果を上げるツールとしてWEBは一つの選択肢になると思う。ただしそこでぶちまけた場合はサポーターも現れるかもしれないが、興味本位の野次馬と反対する一団ももれなくついてくるだろう。

さて、前段の腹痛の人、結局原因不明にもかかわらず訂正やフォローは一切なく逆に投稿がバカウケしたと喜んだ。一方誹謗中傷の大合唱のおかげで店は閉店に追い込まれたとか。その店のコックさんは再就職もかなわず一家は悲惨な末路を迎えることになる。井戸端会議の連中は閉店の一報に軽く喝采を上げたけれど、既に何もなかったかのように話題は別の興味に移っている。一昨日は福島の風評、昨日は安保法案、今日は遺伝子組み換えで盛り上がった。この後沖縄と基地、ニセ医学信仰、TPPと話題は尽きない模様です。良かったね。

覚悟というのは行動する勇気と動いた結果に対する責任。その覚悟が無いのならクローズドな井戸端でのみ喋っていていただけないだろうか。一般の人の目に触れるところで無責任に喚き散らされても見苦しく迷惑なだけなのだから。


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