ここから

二十歳前くらいのときかなあ 対人恐怖みたいな状態が続いたことがあった
人が生きてそこにいて歩いていたり喋っていたりすることの刺激を
感じるだけで痛くてたまらない
世界に重くて黒い雲が低くかかったかと思うと丸くぽっかり青空が見える
システム入替え時に起こるありがちな十代後半?
急に錆び付いたように重くなったペダル

さてベクトルはどちらに向いているか
どうやら世間で言うところの「逃げる」方向へ 逃げろと言っている!
ジブンの螺旋をそれまでとは逆向きに走ろう
必死で逃げてやろうと決めた
逃げ仰せれば天体を一周して自分の背中が見えてくるだろう
早い段階でそう確信していた

逃げはじめるととても面白い世界があった。
折角だから書いておこうと思う そう思うと書く事自体に熱中した
熱中してフルスピードで逃げている内に外面的にはいろいろな
ことが起こった
家族構成が変わったり 毎日通う場所が変わったり
絵を描いたり 描かなかったり
そのうち螺旋はほんとうにひと回りしたのかどうか
何冊にもなったノートがぷつりと増えなくなった

あたらしいシステムが稼働しはじめ 天気すらさほど気にならなくなった
今でも(何十年もたった今でも!)ときどき思い出すように
ノートを開く 読む為ではなく書く為に

もしその季節にMacがあってネット環境があったなら そいつは
“blog”にリアルタイムで書きなぐっていたのかもしれない
そうすることで取り留めの無いコトバたちも もう少し
違う意味を持ったのかもしれない それは時を超えて
今ここにあってもいいんじゃないか
ここにふとその時代が出現したとしても面白い
一回りしたはずの螺旋は もう一度旋回を始め
気がつくといまに立っているような歪み(今、居間、忌ま?)
それはきっと当時表現したかったことの一つでもあるから

太陽

太陽の仕業 生る日の子
お日様に負けないように
光の呼ぶ声は
朝の雑草や土や石ころを照らす辺からも聞こえる

土に風 色をつくり
線と面は調和 絵は面の具象
たとえば線は自然なら 面はそれがつくる
線としてあるなら 面をともなう
面があるといえるのなら 線もともなっている
線は絵の中では物語 向こうの日の具象(シンボル)としての絵

I am blowing in the wind, everywhere, if that wind goes on over there.

増殖

モノという集合体は ヒトという立体は
このガラスのような厚みも距離ももたないワタシのような
ソノモノに解かれた線たちが抽象のように
その中で増殖しながら

「あるひとつ(その中)」の連続に澄み通るとき
おもては澄んで一斉に幽かに光りつづける
それは流星群が鏡の海に沈んでゆく時の仄かな水面の光でもあり
左肺のユーモアや右頬の悲しみ
目に感じた風も 線と言えるとすれば
この白っぽい集合体 ある確かにある断層
澄むものと透過してしまうもの

光の呼ぶ声

兎に角、今この時刻に思うのは漠然とながら壊さなくてはということのはずなのだが。それは眠るにしろ飛び出すにしろ、またそのために本を読んでも写真を見てもいい。ともあれ少し動いて影を反射する光を幽かに知れば、いつものようにぼんやりと待っているものも見えてくるのだろう。

そこにもここにも光の呼ぶ声

モノが消えて形成されていく時に(いつも)最終的に残る形体を知っていた。美しい言葉だったり絵やオブジェ、音楽の一粒ずつの姿。
最終的と言っても純粋に消え残った反射(残照)のことだとすれば、中途半端にその辺りに転がっているものかもしれない。本当の意味で最終的ないちばん遠くの消え去る真際の抽象や消え去った後を想像させる風景。
それを捉えられるのは風景の丘で遊ぶ人だ。
認識やそのさらに向こうを連想させるそこでは、線はせん 縦横の線にかがみおもてのひろがり。

白いもの

放り出すしかなく
帰らずにそれはそこにいるときにも

そこから半歩向こう
光や熱の生き死に
生まれたものを還すこと
生まれたものの還ること

弁がひとつ閉まるたびに光の量は増してくる

白いものまで壊して放っておくのだろう
そうするしかないともう
今は(諦めて)思ってもいいかもしれない
それからワタシは窓の向こうの私と会話することを識っていて
また他には識らず
それは許されているといえるのかもしれない

ストーブの日

変に汗ばんだようなストーブの日に熱を出したお日様

e

e〈発光分子がつくられるまで〉
丁寧に壊してから、そのしろいモノから生まれてくるものがあるとしたら、その過程をワタシが見ていることは、そこには例えばアイがあり、アイと言ったのだとしたら相手はマドの向こうのワタシ。それぞれの流れる間に流れるアイ(光or形成されるものの通る線)。それが器だとすれば季節。

【栽培】
光の呼ぶ声にワタシの
なかで種から
成長する植

そこから目をそらしている間

白いモノを空間=レンズ形のからだに放牧している。記憶も未来もワタシも彼らも色やコトバも「今」の麓も空間。誰かヒトリのものではないし、そのときワタシは空間のカミサマではない。
空間に沈んでいくもの。空間から今の頂(ソノ限リナイハザマ)に向かって発行するモノ。

HASAMITOGI

白い牧場のレンズ形の天体を透き通り着いてしまう
澄むところから向こうが来るのかこちらが行くのか
その空間で籠の扉を開く
そこからもっと向こうの日はどう
テンジクハトオクカガミミガカネバ

   HASAMITOGI

落ち着くところ 古くからそこにある絵を見ていた子供に絵は澄み空を走った
その子は一緒に走った もしかしたらひとりで走っていった その絵は
スタートの合図をしただけかもしれず 向こうの日の手前に着く頃には
白い窓が澄む時にその子は そのときはじめて絵を見た そこから
永遠の繰り返しの一ページ 再び 白く忘れてまた透き通り空を走る

今 どこからでもどんなここからでも呼ぶ声
メッセージはPOWER〈ちから(が在るとはいわないこと)〉

00008

白く忘れ壊しているけれども、じっと見ていると今の僕に言える正確なコトバはそれは壊すというよりも変還するというようなこと。様々な風景やそこからスクリーンに投射する(
・〈物〉物質内の波動が他物質との境界に達すること
・〈心〉感官的知覚の対象を外界にあるものと見ること
・投げかけること

色(光)や音ナドの波動が「心」を透過して感覚を残し、白く変還されるときのこと。それとも澄んだ鏡の海に波風が立つことで波動(やそれ以前のモノ)が誘発され、白く変還すること。同じメロディも演る人により違うように、コピーではなく変還(換でもいいDNA)なのだとしたい。
ひどく大まかに書いている。でも今は進むしかない。それから白いモノなのだけれども、コトバにならないと言う前に試してみればたとえばDNA変換のようなものなのではないかという覚え。あるいは時を流れる原子の様子(原子間は真空)であり、一枚の感情と感覚の糸の綴れ織のようにも思えた。
もし今は違うものだと思っていてもであるが、そのような場をここから半歩向こうだと言うとすれば、数歩先に向こうの日を想像することができる。ソレはときどき窓を開けてこちらを覗いていたりするし、僕もときどき覗くから。
半歩向こうでのPUZZLEについてもう少し書けば、それがたとえばある三文字で成り立っているとしたら、そのうち二文字が判ったとしてもう一文字を想像しWORDをつくる業は今に起こり立っていて、今が重なっていくからそれは時ともいえた。それから、自分がその一文字になり組み合わさろうとしてしまうどうしようもないようなちからも業ということなのだろうか(オガタメガタ)。
今見たくないものが見える時間も変還によって引き戻されてつくる器の土に還るだろう。

背中にも右斜め上にも半歩向こう
器は よう 澄みたく
    澄む器     (眠る盃)

男が兎に角、性器を振りかざしているような絵を想像した。また、正面から下半身をまさぐられるような感じのする風景(景色ではなく)に出会ったこと。
ある二文字と一文字が組み合わさろうとしていたが、どちらが先にあり、どこから来たかということは、いつか其処からいっしょに来ていつか其処へ還るのであって判りきっていることだろう。雨は降ると書いて、雨はモチーフなのだろうか。土や空やワタシはどうなのか。あまりにモチーフだらけでモチーフとモチーフでないものの区別がつかない。そうすればどんな何から書きはじめてもいいけれども、抽象でもいいけれども、ここで、モチーフは無いと言ったらどうなのか。
子供の時からうごくときにはそうなりたいかそうしたい、ではなかったか。それは既成のものではなく、もし既成のものだったとしても(そういうこともかなりあったのはフツウのひとだからだろう)それは偶然に近くて、共鳴するくらい重なっていたからだろう。それはある姿であり、ある形骸をなしていた。夢の中で何かをつかまえようとしてもするりと少しの間のように感じる向こうへ行ってしまうのと同じくらい向こうにぽかりとあり、それを追いかけて来た。それはおもしろいことも楽しみも含んでいたし、ときどき悲しかったりもしたのだろう。僕が凸だとしたらそれは凹だし、それが器なら僕を入れるだけのもので、僕はその器に入るだけのものなのだ。僕はその空を飛ぶだけの鳥かもしれないし、その道は僕が歩くだけのもの。そこで目をつむり座り込んで頭を抱えたんじゃないか。全体どうしたわけだ。蛹のまま死んでしまった(殺してしまったのかもしれない)蝉を見ていた夏の日がある。

00009

昨日へ澄む(青い)器
まだ見えないものへ

夢にはぐれれば夜
青白い器はいつも少し先を走っていく
追い越したら膝をかまれるかまいたち
青白い器は澄ませて欲しいと誘うよう
その向こうに器をつくるもの
ワタシという境界は消えてゆく
消えながらつい追い越して
怪我をしなかったかいと
聞くものの声も幽かに
澄んで見えなくなった

00010

実感できるものをひっくるめて半歩向こうで閉じた。室の真ん中(抽象的にしろ「ここ」では「真ん中」と臆面も無く言える)に繭を作っている風景。繭の外には物理的に今感じるもの。糸には記憶にしろ想像にしろ一回り変還して来たもの。内には「夢」のような誘う、想い。

僕の実験室だと思う。欲しいザイリョウはパンと揃う色付きの。とどのつまり何を実験しているのかと言えば、実験室さえも澄ますことだから、僕は両方にいるだろう。ソコで実験していて「僕」も澄まそうとするものと、向こうで見ているモノと(そうしないと意味も何も消えてしまう)。白い壁の実験室はある変還によって現れる。その場を知り澄明に実験ははじまります。

       ここでは目的地に着くことくらい割合簡単にできるんだ
       ポカンと電車に乗っかったりしてさ

(二つの実験室)
先ずワタシを放り込み室内を感じて疑わず、その中に時などをくるくるとまるめて放り込めば、ぜんまいが戻るようにガシャッと部屋中にひろがる「ワタシノモノ」に変還してワタシも時も何でも放り込み我を無くしたりカチの無いものにまで成る。

       コトバにならないもの
       エにならないもの
       オンガクにならないもの

実験しているものを見ているものの身悶えや震え
             Working DNA. This is my DNA.

       線と線分
       空と空間
       線や空が先ずあった

00011

あたたかい風の粒子

今までコワシテきたものすべて
私モ言葉ヲモッテイテ
宇宙のようにひたすら繰り返し変還された
この朝をコワス
この今をコワス
この時をコワス
夜をコワス 夢をコワス
澄んだ海も風もコワシテ行く
可能性を追うこと
その言葉の次は何
コトバは手段でしかなく
それからコトバは書かなくてはいられなく
コワシタコトバは
好き嫌い澄む澱む
画板のこの部分を澄ませてこの部分を澱ませるように願うこと
そのひとつひとつの向こう
澄んだ向こうに
澱んだ向こうに
ある日のなかで
澄み通った時の向こうにも
澱み沈んだ時の向こうにも
いま止まってみればすっぽりとモノの影に隠れている
動くことは条件のひとつでいつも同じかぜを知る
息を吸えばそのなかに含まれている成分
ミントのようにはじける微粒子
ジブンのかぜの成分表による画面分割(コワシテ飛ばそう)
かぜが吹いてくるところ立つところ
かぜが澄むところ澱むところ
半歩向こうまで押し澄まし映す雲
空にそれからたちまち もう

00012

兎に角現れたものならすべてベンキョウなのだからみんな変還して向こうの割り振り済みの整理棚か引き出し
位置とか場 空に雲
そこへ行けば風を感じる半歩向こうの厚み 奥行き
画面に定着する色の配分

そういう処へ還そう
光を選びたい
大きなちからに引かれるのではなく
向かっていけばそれだけは過不足ないチカラになるようだ
チカラとは言いたくなくても確かに取引しているモノがある

ワタシから半歩向こうで変還し映してRNAをタナに還しても
立体のように生き生きして息づいているもの
映されたDNAは息づいて生き生きしてくること
それは際限なく繰り返すので
今のモノサシを越えていた
もう消えることはないと思うことができたけれども
今還っていく 風 激しい風を
       風の日 木の時

00013

このくにはうつくしい
このうまれたとちのこと
ここのことばはてんにもひびくおんがく
そこでわたしがまもるのはわたしかそれとも
それにかわるものでしかなく

00014

半歩向こうのとこなら
今のワタシのいとをつかう
ワタシが見た分だけ映して吐き出される糸は全て使い
編んでもとのいとを還したあとのこと
それからはじめて生き生きしてくるかどうかは見ることができるけれども
ほんとうは丁寧に全てのいとをうつしたかどうか
それを過不足なくきちんと適当に使って編んだかどうかということで
それはもう振るいにかけられた向こうのことなら
もうそれは呼びかけるか呼びかけないか
それだけのことだしそうするしかなくそうしても
必ず応えてくれるとは限らずしかしある意味ではいつも確実な
こたえが吐き出されて空を舞うとも言える
まだ感じられるモノとして受け取ったことはないけれども
まだどのくらいのモノに呼びかけるかという言い方は多分違うだろう

54なら54に向こうから吸い上げてくる54の空間
せんをひくのはそのせんなら
せんの向こうからワタシの向こうの空が
そのせんのそれだけの空としてそこに来ていたように
思えるし、その線を見たひとも
そのひとの向こうでもって そこにはやはり
そのせんのそれだけの空が覗いていることを
識り憶えていた
引き上げられるせんならせんの空
澄んで浮かび上がる画面の向こう

00015

兎に角見てその刺激で吐き出されるRNA
うつくしいものを残すため何にもしないことのために向こうを空にする
うつくしいものほどに向こうは空になる
生か死
向こうとこちらを合わせれば普遍
こちらに吐き出した全てで伝えられるもの(情報)を造る時だけ空にする
こちらの方を空にするのは違うような気がして来て確信になりそうに
こちらの宇宙を識るほどにそう
それをうつくしくなるようにするのではなくて
それがそういう風にあることをうつくしいと呼ぶのだろう

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