ひたすら便通報告になっているので、たまには違う話題を。話は去年の4月後半に遡る。
腹膜偽粘液腫がわかった婦人科手術を終えて退院し、家に戻ると、すぐそばに美容院がオープンしていた。
髪については思うことがあった。退院前に婦人科の先生から、今後は外科でポートを埋め込んでの抗がん剤治療となると聞き、言われた治療方法についてネットで調べ、脱毛は免れないと思った。(後に外科の先生から実際に示された服薬による抗がん剤治療は、それほど抜けないというのがわかったが。)
私のいた病室では、抗がん剤治療をしている人もいた。長く入院しているであろう彼女はとても明るく感じの良い人で、いつもお兄さんだか彼らしき人がお見舞いに来ていた。ときどきカーテンの向こうで嘔吐しているようだった。大変だろうに病室でもそういうそぶりを見せず、看護師さんを思いやる人で、かわいいスリッパと帽子がチャーミングだった。
私もあんなふうにニコニコしていられるだろうか、いや、ニコニコしなくちゃ。帽子かぶってニコニコしよう。イケイケなカツラかぶってガッツリつけまつげするのもいいかも? 病院内に置いてある、カツラや帽子のパンフレットを集めたりした。
毎日お掃除にきてくださる係の方が、「あまり患者さんと話してはいけないのだけれど」と前置きしながら教えてくれた。「私も抗がん剤治療したことがあるんですよ。治療前にベリーショートにしておいたほうが楽よ。そうでないと、落武者みたいになっちゃうからね。大丈夫、髪はまた生えるし、きっと元気になりますよ。」
髪はまた生える。でも、治療中は生えない。自分の長髪がいとおしかった。それで、しばしの間でもきれいにしておこうと、美容院に行くことにした。いつも会社帰りに銀座の美容院に行くのだけれど、退院したばかりでそこまでは行けない。そこで、新しくできたその美容院を予約したのだった。
「いらっしゃいま、あわわ〜〜〜!」
「うわわわ〜〜〜!」
私たちの叫び声に、店内にいる人全員が何があったのかと振り向いた。な、なんと、銀座の美容院で私を担当してくれていた美容師クンが私を迎えたのである。彼も私も本当に驚いてしまった。
「マジ?」
「なんでここにいるのよ。」
「先輩が作ったこの店に変わったんだ。ちょっと待って、、、オレ、担当するから。」
銀座に行かずして、いつもの人にお願いできるとは。ワタシの運はなんだかすごい。
あまりの偶然から、自分のそのときの状況を彼に包み隠さず話した。配慮してもらえて良かった。というのも、洗髪台で仰向けになって顔にお湯がかからないよう布をかけられたとき、突如パニックを起こしてしまったのである。1秒でも早く出たかったICUを思い出し、恐怖が襲って来たのだ。あのときは自分でもそうなるなんてと驚いた。
「髪ってさ、1か月にどれくらい伸びるの?」
「1.2cm。」
「ふーん。そんなワケで、次に来たときにはベリーショート、頼む。」
「わかった。カッコ良くするよ。」
*
次に美容院に行ったのは、岸和田の病院に入院する前。米村先生の治療法はベリーショートにする必要がない。前の入院では髪が長過ぎて不便だったので、雰囲気は変えずに少し切ることにした。
「ベリーショートにはしなくても良くなったから。切りたかったかもしれないけど。」
「よかったー。オレ、pomさん来たら、どんな会話すればいいんだろうってずっと悩んでいたんだよ。」
彼がホッとした顔を見せた。
「一応ロングと呼べるギリギリまで切ってください。」
ロングにこだわってのへんてこオーダーをする。私はあれから、ロングヘアが似合わなくなる歳まで長いままでいようと決めたのだ。
彼とは親子ほど歳が違うのが良いのか、かえって気楽に話せる。私ばかりが話すのでなく、彼が彼女の話題をすることもあるし、話題は広い。
「髪は1か月に1.2cm伸びるって言ってたじゃん? 手術で剃毛するでしょ。それでわかったんだけど、下も同じなんだよね。」
「ぶひひ!」
「美容師さんとして知っていても悪くない知識じゃない?」
「どうかなー。接客で使うには、ソレ、お客さんを選ばないとセクハラになっちゃうなあ。」
「そーかもねー。」
そんな会話もありーので、髪をやってもらうのである。
*
カットだけでなくカラーもお願いしているので、1か月に1度は行くようにしている。岸和田の病院を退院してから美容院に行ったときは、彼に「小さくなっちゃったなあ」と言われた。本当に小さくなってしまった。昨年末に言われたのは、
「白髪増えたよなあ。ま、仕方ないよな、今年はいろいろあったから。」
うんうん。「でも可愛く仕上げてよね。」
「はい、あなたを素敵にするのが美容師だからね。」