1、消費増税前に買ったもの
2、へそ事変、あのへそ腫瘍は、、、
3、イタリア人みたいな遺伝子
4、横隔膜としゃっくり
5、「自分を信じる」
2、3、4は池田病院で米村先生に診ていただいたときの話。5は池田病院で会ったCさんの言葉。
仕事があれこれと、展覧会出品準備やらその他諸々でなかなか書けず。忘れないうちに書いときたいんだが。
1、消費増税前に買ったもの
2、へそ事変、あのへそ腫瘍は、、、
3、イタリア人みたいな遺伝子
4、横隔膜としゃっくり
5、「自分を信じる」
2、3、4は池田病院で米村先生に診ていただいたときの話。5は池田病院で会ったCさんの言葉。
仕事があれこれと、展覧会出品準備やらその他諸々でなかなか書けず。忘れないうちに書いときたいんだが。
先週末、術後初めての池田病院に行ってきた。で、
あのへそは再発じゃなかった! ふっふっふ~。
なので、カテゴリー名を「12.術後2年の転移・再発~」としていたのを、「12.術後2年のへそ事変~」に変更してみたっス。
池田では先生の貴重なお話もあの短い時間に聞けたり、シンポジウムで会ったお仲間に会えたりもして、そんな話もいずれ。
辛い話が多い中、我が家にいきなり春が届いた。いかなごの到来である。
最初、何がなんだかわからず。10日ほど前、ひさみさんから「いかなご便」と印刷された段ボールが届いたのである。
開けるとタッパーとお手紙が入っていた。
瀬戸内の“いかなご”のつくだ煮です。自作です。
毎年この辺りでは各家庭で作るんですよ。今年も作る事ができて嬉しいかぎりです。
(中略)
悲しい事が続いたけど……世の中は何もなかった様に動いていくのよね……あたりまえだけど……
毎日、楽しく過ごしていきたいね。
元気でいようね。
なにこのじーんと来るお手紙は。に比べて、なにこのつくだ煮は??? よく分からないのだが、とりあえず冷凍庫にあったご飯をチンしてのっけていただいた。
うっひゃ〜! オイスィ〜〜!!!
生まれて初めて「いかなごのくぎ煮」なるものを食した瞬間であった。これは多くの日本人の味覚に合致するであろう味わい。白いご飯が進む進む。最初はこんなにたっぷり、と思ったけれど、あっという間になくなっちゃいそう。。。
と思っていたところ。なんと! 今度はお向かいさんから「いかなごのくぎ煮」と印刷されたシール付きの、郵便局のエクスパックが届いたのだ。
で、開けると、ひさみさんとまったく同じタッパーではないか! なにこの偶然は??? しかしこれは偶然ではなかったのである。
ご当地ではこの時期、「いかなご」という魚の漁が解禁になり、稚魚を「くぎ煮」にするのが風物詩となっているそう。ネットで調べるうちに、どうもこれはハンパでない、春の超一大イベントらしいということが判った。
元気な時は30キロ位炊いて、親戚や知人に送っていました。
一昨年は病院で解禁日をTVで見て悔しい思いをしました。
(中略)
孫たちも大好きなので、来年も元気で、炊けたら良いなと思っています。
(中略)
それぞれ、我が家が一番と思って作っています。
お口に合えば嬉しいですが。
お口にすごく合いますyo、お向かいさん!!と、これはお向かいさんからのメールである。
お二人とも、いかなごを炊ける喜びを綴られている。そういうものなんだな、生きるって、きっと。
それにしても、お向かいさんから届いたとき、ひさみさんからも頂戴しているのを言うべきかどうか、悩んでしまった。でも、近々二人でランチする、なんて話も聞いたから(ちなみに、二人を引き合わせたのはワタシなのyo!)、くぎ煮の話題も出るだろうし、言わないのもナンだな〜と思って、どちらにも伝えた。すると、互いのくぎ煮づくりを讃え合うがごとき反応を二人ともするので、なんだか面食らった。どうやらご当地では、いくつもあげるだけでなく、いくつももらうのも当たり前らしい。
そんなわけで、私は初めてのいかなごのくぎ煮を贅沢にも味くらべできることになったのであ〜る。
「ひさみ家(ここは「や」と読んでちょ)」製は、ふっくら柔らか浅炊きで甘さ抑えめ、白いご飯にタップリのせてワシワシと食べたい味わい。卵かけご飯にもすっごく良く合う。
対する「お向かい家」製は、滋味豊かな王道的仕上がりで、箸休めに最適。また、3年間しなかったお茶漬けへの誘惑断ちがたくついに解禁、お茶漬けはこっちがいい。
較べると味も食感もまったく異なる。でも、どっちも我が家のが一番と思うだろう出来具合。お酒にも合うし、お弁当やおにぎりにも良さそう。甲乙つけるものじゃないワ〜。って、なんだかこんなこと言ってるの、不思議。もし私が病気にならなかったら出会わなかった人たちの、手作り、郷土の味、家庭の味なんだもん。面白い出会いってあるものだ。
さてさてこのところ、ついご飯食べ過ぎてるので、気をつけないと。。。
(↑ かなり減ってしまった。二人とも、冷凍庫に入れれば長期保存できるって言うけど、その必要ありませんから〜。)
ぽんぽこさん
いかなごのご紹介をありがとう!
いかなごフィーバーも今年は終わりをつげました。
また来年・・・・・
一年は早いものです。
そして、お向かいさんとの出会いもありがとう。
いつもいつもお会いしてもあっという間に時間が過ぎてゆくのよ~
お互いの辛かった話ばかりじゃあないのよ。
人生の先輩にいろ~んな事教わっています。
私は今、病気と闘っているぽんぽこさん、お隣さんしか知らない。。。
ぽんぽこさんもお向かいさんにも今の私をしってもらった。
それぞれ一生懸命生きている。
病気になっていなかった頃の顔はしらないけど・・・・
病気になっても一生懸命な顔を知った。
辛さも解るから、今の一生懸命さは誰よりも分かり合えるんじゃないかな?
何だかやっぱりうまく言えないけどお仲間さんに今の私を知ってもらえてよかったと思う。そう思う。
病気になったけど、頑張るよ。
一緒に歳を重ねようね。いっぱい。
いかなごの弊害
その1 いかなごを煮たあとは、身体中髪の毛の一本までいかなご臭がただよいます。(ただし、これはお風呂に入ると消えます)
その2 食べすぎで、みごとにまんまるな身体に・・・・なりました。
いや〜調べれば調べるほど、いかなごフィーバーぶりに目を見張るばかり。りーさんが驚いた感じが私もよく分かります。いかなごの弊害、ぶひ〜〜!
こういう話題って、なんか面白いですよね。
>ひさみさん、
私たちは今、病気と闘っているってものでもないよね。うまい言い方が私も見つからないんだけど、お腹のなかに、腸内細菌がいるみたいなもの?w 日頃、忘れているけど共存してますっていうか。
ひさみさんの元気ぶりを、皆にも伝えさせてねん、覚悟しといてねっ(暴露ブログにならないよ〜に、チェックに出すから〜〜)。
>りーさん、
その後、いかがされているかしらんと思っていました。いろいろお疲れも出て、花粉やら何やらに攻撃されちゃったかも。
地域ネタとか、「あるある」って思うことって、なんだか楽しいんですよね。
でも、なんでもテンション上がることは良いですよね!!
季節の変わり目、いっそうのご自愛を、ですよ〜〜。
ぽんぽこさん
いかなごのご紹介をありがとう!
いかなごフィーバーも今年は終わりをつげました。
また来年・・・・・
一年は早いものです。
そして、お向かいさんとの出会いもありがとう。
いつもいつもお会いしてもあっという間に時間が過ぎてゆくのよ~
お互いの辛かった話ばかりじゃあないのよ。
人生の先輩にいろ~んな事教わっています。
私は今、病気と闘っているぽんぽこさん、お隣さんしか知らない。。。
ぽんぽこさんもお向かいさんにも今の私をしってもらった。
それぞれ一生懸命生きている。
病気になっていなかった頃の顔はしらないけど・・・・
病気になっても一生懸命な顔を知った。
辛さも解るから、今の一生懸命さは誰よりも分かり合えるんじゃないかな?
何だかやっぱりうまく言えないけどお仲間さんに今の私を知ってもらえてよかったと思う。そう思う。
病気になったけど、頑張るよ。
一緒に歳を重ねようね。いっぱい。
いかなごの弊害
その1 いかなごを煮たあとは、身体中髪の毛の一本までいかなご臭がただよいます。(ただし、これはお風呂に入ると消えます)
その2 食べすぎで、みごとにまんまるな身体に・・・・なりました。
いや〜調べれば調べるほど、いかなごフィーバーぶりに目を見張るばかり。りーさんが驚いた感じが私もよく分かります。いかなごの弊害、ぶひ〜〜!
こういう話題って、なんか面白いですよね。
>ひさみさん、
私たちは今、病気と闘っているってものでもないよね。うまい言い方が私も見つからないんだけど、お腹のなかに、腸内細菌がいるみたいなもの?w 日頃、忘れているけど共存してますっていうか。
ひさみさんの元気ぶりを、皆にも伝えさせてねん、覚悟しといてねっ(暴露ブログにならないよ〜に、チェックに出すから〜〜)。
>りーさん、
その後、いかがされているかしらんと思っていました。いろいろお疲れも出て、花粉やら何やらに攻撃されちゃったかも。
地域ネタとか、「あるある」って思うことって、なんだか楽しいんですよね。
でも、なんでもテンション上がることは良いですよね!!
季節の変わり目、いっそうのご自愛を、ですよ〜〜。
3月も半ば。だんだん春になっていく感じ。
寒い間、実は悲しい知らせが続いていた。奥谷さんの奥さん(I子さん)が天に旅立った。その前には若葉さんも。
「奥谷」という姓は「がんサポート」での仮名で(「がんサポート」の話はこちら)、池田組に「I子さん」と言えばピンと来る人も多いだろう。
I子さんは米村先生の患者さんとしては古参のほうらしい。米村先生にたどり着いたときには、2度の姑息手術を受けてから随分経ってのことで、粘液がガチガチに固まっていたという。それでも米村先生の手術を受け、ご夫婦で前向きに、過ごされていた。
私は確か、腹膜偽粘液腫患者支援の会でのお集い会で初めてご夫婦にお会いし、I子さんがコーラスやら何やらたくさん趣味があって、ご主人が「それに付き合わされているんですよ〜」と迷惑なのか嬉しいのかわからない表情なものだから、仲の良いご夫婦だなと思った。
I子さんは明るくて、活動的だった。「気の置けない友達と温泉も行くのよ」と話してくれた(I子さんはその時、ストマ着用だった)。
そんなI子さんに池田病院での受診で会ったりすると、やっぱりニコニコしているものだから、こっちもなんだか元気百倍になっちゃうのだった。そしてHappyさんも私も、I子さんのことを尊敬していた。
夏に「がんサポート」の取材のことから、I子さんが地元の病院に入院されていると知った。少しばかり厳しい状況なのだろうと推測できた。
周囲への気遣いを忘れないI子さんは、いつも皆から好かれ、ある意味、幸せなまま天へ旅立った人なんだと思う(上手く言えないけど)。。。
***
若葉さんは一度お会いした事があり、Facebookでも友達になっていた。
今、彼女のFacebookの投稿を見返し、、、あまり自分の顔を出すタイプじゃなかったなあと気づく。プロフィール写真でさえ顔出ししていない。彼女の顔見たさに過去にさかのぼったら、米村先生とのツーショット写真が出てきた。あの頃、お仲間の間で受診時にツーショット写真を撮って内輪に投稿するのがちょっとしたブーム(?)だったんだよね。その写真の彼女は痩せているもののそこそこ元気だった。
彼女の投稿はその後、辛いのをオブラートに包んで飲み込んでいる感じがした。また、息子さんの成長を見守る母の姿を感じる投稿も多かった。深読みしすぎかもしれないけれど、どこか、万一のことも頭によぎっているふうに見えた。
いずれ彼女のFacebookは、息子さんの手によって追悼アカウントになるのではと思う。友達の私は、これからも彼女の投稿を見て偲ぶことができるだろう。
ただ、一度しか会ったことがない彼女の、趣味や家族のことや、闘病生活を私が垣間見てしまったこと、またこれからも見られることは、いけないことのような気もしてしまう。私は彼女の辛い期間の友達なわけで、いったいそれってどういうことなのだろう。彼女が残したかった彼女像は、もっともっと元気な姿だろうに、でも私はその姿を知らない。
今年は15日が土曜だから締め切りが17日に延びてて、今からワタシは頑張って領収書整理からやるのだが(って、還付の場合は遅れても良いってのも知ってるけど)、いっつも早くからやろうと思ってやったためしがない。
今回も医療費控除、あるしな〜。
ブログも嬉しい話、そうでない話、いろいろと書きたいことがいっぱいあるのだけれど、まずは申告してから、だ。
1月に入ってから何かと気ぜわしかったが、やっと一息つけた感じ。そんなことを言えるのも元気でいる証拠だ。
それにしても、先週末の雪といったら。その前の週だって降ったな〜と思ったのに。
先週の金曜は、会社でビミョーなトラブルも発生していたりして、夫とともに会社を出たのは8時過ぎ。予想はしていたが、自宅沿線の電車が動いていない。動かぬなら動くのを待とうホトトギスな夫を制し、動かぬなら遠回りでも動いている電車+バスで帰ろうホトトギス!で帰ることに。早々に帰宅した人が多かったのだろう、普通なら振替輸送でおしくらまんじゅうなはずの電車はガラガラで、雪積もる窓の景色を眺めながら、徐行運転の電車に揺られてバスの出る駅まで行った。
駅に着き、バス乗り場へ一目散。かなり並んでいて最初に来たバスには乗り切れず。雪がバサバサと降っていて寒いなか、次のバスが来るのを待つ。
「そうそう、HIMEさんち、この路線なんだよね。確か○○が最寄りのバス停だって。」
そして、やっと次のバスが来た。終点まで乗るので座れてホッとしていると、、、おや!? HIMEさん夫婦が、乗り込んで、来た〜〜〜!
こういうとき、いつも思うのだけれど、偶然って必然だよね。大げさだけど。
そんなわけで、ちょっと面白かった。
HIMEさんたちが降りていき、外の風景を眺めれば、民家の外灯がぼんやり幻想的で雪国に旅行しているような気分になった。
自宅の最寄り駅まで着くと、電車が動いたらしく大勢の人たちが吐き出されるように駅から出てきていた。その人たちに混ざって自宅まで行軍した。
で、ここからがメインハプニングなんですけど。
マンションの入り口までやっと着いた〜っと思ったら、一緒のはずの夫がいなかった。。。
マンション内のエレベータを待つ数人の中にもおらず、後ろを振り向いてもおらず。風はビュービューしていて、雪はどんどん降り積もっている。夫がどこかで遭難してしまったもよう。
私は元来た道を戻った。と、ヨタヨタしながらも夫らしい黒い陰がこちらへ向かっているのを見つけたのだった。
「どうしたの?」
「そこの階段が、、、上れなかった。」
降り積もった雪で、もはや階段がただの上り坂になっていたため、革底の革靴を履いていた夫は何度も滑り落ちていたという。天気悪くなるって分かっている日にそんなの履いてるってのもどーかと思ったが、ここでそれを言っても仕方ない。
「そう、大変だったね」とねぎらうや、夫は雪の吹き溜まりに足を引っかけてバタっと倒れた。
「ウケ、狙って、もー。」
倒れ方があんまり面白くなかったのでそう言ったら、夫は
「違う。。。」
ウケでもなんでもなく、本当に足を引っかけて倒れていたのである。。。
やれやれ自宅に着いて、晩酌しながらオリンピック観戦しようとTVをつけると、電車の運行状況のテロップが流れていた。電車はまた止まっていた。
・・・そんなこんなな翌日、夫は健気に出勤していった。
マンションの前の雪がすごく、時間のある人は雪かきに出るよう館内放送があった。道具が足りないから、雪かきできる道具も持ってということである。なーぜーか大きなスコップがある我が家も出なくてはなるまい。と思って、私もちょっと遅れて出て行った。
「pomさん、大丈夫ですか。」
手術したのを知っている管理人の方が声をかけてくれた。今回の手術は楽勝だったので、ぜ〜んぜん大丈夫なんだが。
というわけで、人生初の雪かき体験。ちょっとしかやってないけど、腰に来るね〜。
と暢気な雪の日を過ごしていたわけだけれど、山梨に住む農家の知り合いは、ハウスの半分以上が全壊したとのこと。ニュースでは、各地での大変な被害を伝えている。私には今、いろいろ頭を悩ませていることがあるけれど、そんなこと、たいしたことではないなと思った。
かなり調子良い、と思う。手術以前より良い気がする。きっと手術で癒着をはがしたから、お腹の交通が良くなったのではと思っている。
とは言え、依然、食事後しばらくしてからのトイレ滞在は続いている。ただ、なんだか前よりもひどさが軽減しているような? 一時よりも、滞在時間がやや短くなった気がする(それでも人よりず〜っと長いけれど)。
本当に今回の手術はたいしたことがなかったようで、今やスポーツクラブでジョギングなんかもできちゃう。そういうことはできるが、しばらくお腹の筋肉を動かさなすぎたせいか、ストレッチをするとお腹がつるという。「イダダダダ」とお腹をさすりつつ、しばし休憩となるのが結構恥ずかしくて、ピラティスなどのプログラムに出たくてもビミョーにためらっている。
お腹のことはトイレのほうもつるほうも、いずれは少し改善するだろう。でも、もし改善しなくても「これがワタシ」って感じもしてきていて、ま、いっか、と思う。
さて、体調と関連して「あれはどうなったか?」ないくつかのことを。
【右足付け根のしびれ】
前ほど感じることなし。あれ〜もう完全に治ったかな?と思っていたら、ごく最近、ピンポイントでちょっと感じた。そのしびれ感を例えると、Gパンの内側にセロテープの切れ端がぺろんとしながらくっついていたのを知らずに履いちゃってガサガサと痛かった、みたいな?
【捲土重来なVケロ対策】
手術痕の、その後なるであろう恥骨部のケロイド対策だが、今のところケロイドになる様相を呈していないため、まだ初期投資はせずに例のマイクロポアテープを思いっきり長めに真一文字に貼っていた(はがすときに毛が抜けないように、毛の流れをよーく下へなでつけてから♪)。
ところがあるとき、かゆくなってきて皮膚が一部かぶれているのを発見。ただいま何もしていない。が、そろそろ本格始動しないとな〜。
【みかんが入ってるようなお腹】
退院後からしばらく、お腹がぷっくりしているうえにみかんが入っているかのようにヘンにポコっと出ていた部分が、知らぬ間におさまっていた。よかった〜〜。あのまんまだったらどうしようと思った。
お正月の頃はお腹のサイズがまだ大きくてズボンが履けず、ひたすらワンピースか作業用ズボンの二者択一だったのだけれど、今は大丈夫。でも、お腹のぷっくり感がそのままなのはなぜ?
【耳鼻科】
その後、喉の痛みも治り、それから元々鼻は調子悪いと思ったことがないので、そのまま行ってない!
【ちょっと話は違うけど、「うさポン」缶バッジ】
電車の中などで術後・治療中を分かってもらおうという「うさポン」缶バッジを用意周到に入院前に入手した私だが、結局のところ、会社に出勤する頃には前の手術とは比べ物にならないくらい元気さを取り戻していたため、ほとんど使わなかった。
「ほとんど」と書いたのは、正確には一度だけ電車に乗るときに身につけてみたのである。だが、とても混雑していたため、バッジが付いているかどうかなんて、誰も気づける状態ではなく。
あのバッジは、ほどほどに空いている、あるいは優先席に座った、という時でないと効力を発揮できないという、ごく当たり前の事実を体験することはできた。ま、具合悪いときに混んだ電車に乗ろうとするのはやめましょう、ってことで。
いろいろブログに綴りたいことは多いのだけれど、「ぐわ〜」とか「ひえ〜」とか「・・・」なことが自分を取り巻く周囲に起きると、私の思いの揺れが大きく、投稿内容の結論めいた部分が日によって180度変わってしまったり、元に戻ったり、と、全然FIXしない。
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
うすぼんやりと、そんなフレーズが頭の中を巡ってるんだよなあ。
年末年始は海外旅行で、というのは大ウソで、実家に行ったり買い物に行ったほかは、ほぼ家にいた。その間には、HIMEさん夫妻とM.Hさんファミリーを狭いこの拙宅にお招きし、豪華な新年会もしたりして(皆さん、いろいろと美味しいものをお持ちくださったため、質素な新年会が超ゴージャスになったのだった)、結構楽しいお正月休みを過ごした。
仕事はじめとなってからは、昨年末があんな調子だったこともあり、仕事も人並みにたまって何がなんだかな今日に至るという。
そんななか!
初めてのお使いならぬ、初めてのラジオ! 略して「はじラジ」。って、「恥かき放題ラジオ」ってことかも。それにしても、先に腹膜偽粘液腫患者支援の会のHPのほうで告知されていて、こちらが後手に回ってますゼ。
さて、ラジオと言っても、地域のコミュニティラジオである。
実は、神奈川県横浜市のエフエム戸塚でパーソナリティをしている方とお知り合いで、その方を通じて、HIPECについて、ラジオで説明させていただく機会を頂戴したのである。以前、HIPECの署名もたくさん集めてくださった方なので、もう何度もありがとう!って感じなのであ〜る。
HIPECについて私が話すということは、自分が病気であるということもとりあえず話さないと、なわけで、なんだか自分で自分をさらし者にするのはどーなのよ?という思いもないではなく、せっかく機会をいただきながら、ビミョーに憂鬱にもなってしまったりした。
だが。私は心の中でリトルpomに聞いたね。そうしたら、チャンスがあったら逃しちゃいけないって言ったわけyo。
というわけで。
エフエム戸塚で本日、13時30分過ぎ(正確には35分?)からほんのちょっと、話すことになった。LIVEっす。どうせうまく喋れるわけないけれど、腹膜播種に腹腔内温熱化学療法という治療法があるということ(それからそれが保険適用になっていないからなってほしいな、ということも少し)を、聞いてくださる方々に拙いながらもお伝えしたい。
地域のラジオだけれど、その気になれば聞けるyo! 私はAndroidでもiPadでも「tunein」ラジオというアプリで聞いているが、エフエム戸塚のHP(http://www.fm-totsuka.com)にPCで聞く方法やスマホで聞く方法(私が入れているアプリとは別の)も出ている。もし、うっかり間に合う時間にこのブログを読んじゃった方は、冷やかしながら聞いていただければ。
そしてそして。腹膜播種治療支援機構のHPで出ている署名活動もよろしくお願いしまっす!
今年もよろしくお願いします。
今日会社でお昼休みに支援の会のHP見ていたら、なんと今日のラジオの告知、慌ててこちらのHPみたら更新されてるー
その次点で13時前、慌ててスマホにラジオ試聴ソフトダウンロードして、しかーし、仕事中で(汗)
13時37分スマホとイヤホン片手に席をたち会社の隠れスペースで全部聴きました(笑)
ラジオ全然落ち着いていて、ブログの文同様、わかりやすく、さすがpomさんと感心してしまいました。
今日はお昼の10分だけテンションあがりましたー
おつかれさまでした
いい放送だったから、もう少し早く告知してたら
皆さん聴けたのに~
このブログ見てる人結構いらっしゃるのに(._.)
始めこの短い時間で話すの大変だろうなあと妄想してましたが、実際の時間より長く感じるくらい、いろいろお話されてて
よく考えたら、手術してまだ一ヶ月ちょいではないですか、びっくりします
司会の方もお元気そうに見えると仰っていて、よかったです~
でも、まだまだ無理しないでください
今年もよろしくお願いします。
今日会社でお昼休みに支援の会のHP見ていたら、なんと今日のラジオの告知、慌ててこちらのHPみたら更新されてるー
その次点で13時前、慌ててスマホにラジオ試聴ソフトダウンロードして、しかーし、仕事中で(汗)
13時37分スマホとイヤホン片手に席をたち会社の隠れスペースで全部聴きました(笑)
ラジオ全然落ち着いていて、ブログの文同様、わかりやすく、さすがpomさんと感心してしまいました。
今日はお昼の10分だけテンションあがりましたー
おつかれさまでした
いい放送だったから、もう少し早く告知してたら
皆さん聴けたのに~
このブログ見てる人結構いらっしゃるのに(._.)
始めこの短い時間で話すの大変だろうなあと妄想してましたが、実際の時間より長く感じるくらい、いろいろお話されてて
よく考えたら、手術してまだ一ヶ月ちょいではないですか、びっくりします
司会の方もお元気そうに見えると仰っていて、よかったです~
でも、まだまだ無理しないでください
米村先生は神出鬼没だ。日曜だっていらっしゃる。とてもありがたい。が、ベッドでオッサンくさく寛いでいるところにいきなり先生が現れるので、私のようなお行儀の悪いご婦人は要注意である。
という冗談というか本気の忠告はさておき。手術の翌朝、先生が回診にいらっしゃった。その日は月に一度の池田病院外来の日。他の先生が見えるのかと思っていたので、先生がいらっしゃってくださりとても嬉しかった。
ということは、先生は岸和田で一仕事してから静岡の池田病院に向かわれたわけである。大変なことである。もし、池田病院で先生の到着が遅くなったとしたら、それは岸和田の患者さんの処置に時間がかかっていたのかもしれない。だから、待っている患者さんのほうはイライラしないでほしい。それで待ち時間が伸びてたとしても、手術後にしっかり診ていただくほうがはるかに良いと、身をもって思う。
SNさんも仰っていたが、入院時は米村先生がしょちゅう見えるから安心だ。時には、先生は夜中にも呼び出されることがあるらしい。患者さんの容態が悪くなればそういうこともあるだろう。が、そんなでよく体が持つなあ、先生は大丈夫だろうかと誰もが心配するところでもある。
ある朝、いらっしゃった先生のお顔をじーっと見つめてしまったことがある。
「先生、、、お顔が、、、赤くかさかさしてます。」
そんなこと失礼かなとは思ったけれど、つい言ってしまった。
先生はちょっと間をおいて、「寝不足だから」と仰った。
先生は複数の病院に行き、手術はを週に何度もし、外来日は夜まで診察が続き、、、忙しすぎである。なのに私なんか、保険金や傷病手当金の請求書の記入もお願いしちゃってるもんね。申し訳ない。
先生が外来時にムニャムニャと、それも言葉少なに話されるのは、省エネモードになっているからに違いない。エネルギーは手術のために貯めておかないといけないもん。(それに、知識不足な私たち患者に長々説明しても、無駄に時間を費やすだけだし。)ちなみに、手術の朝に先生を拝見したときは、先生は従来比200%増で颯爽としていらっしゃった。ヤルぞ〜という雰囲気に満ち満ちていた。
先生の仕事はほかに、研究やそれをまとめること、学会で発表することなどがある。私たちが気づかない他の仕事もあるだろう。
そこまでスゴいのに気難しいところはなく、たとえば気軽に写真に収まってくださる。それで、皆もしているというナースステーションの前で2ショットで撮らせていただいたりした。
図々しい私は今回、先生にサインももらっちゃったyo! シンポジウムのときに手に入れた、例の「腹膜偽粘液腫の本邦における発生頻度・病態の解明・治療法の開発に関する研究」に書いていただいたのである。へっへっへ〜。
(↑「恵存……」と書いてくださっている、の図。)
先生は書き終わると、
「これは半年でまとめたんだ。遺伝子の同定は、研究で見つかるとは期待してなかったんだけれど、、、えっと、どのページだったかな、あーー。」
って、そんなこと一患者に言っちゃっていいのか?な気軽さで、ページを繰っておられるのだった。
今、私たち患者は先生から十分に恩恵を受けている。そして先生方のご苦労で、さらに未来が開けつつある。いつか、本当にすっかり治る研究の第一歩が踏み出されているのだ。本当にありがたい!!
もっと、先生についての面白いエピソードとか書きたいんだけど、今、すぐに思い出せない。とりあえずこれをUPして、また思い出したときに書こうと思う。
米村先生、今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いしまっす!(正月は少しは休めるのかな。元旦でも病院来ちゃったりするんだろうなあ。。。)
ぽこさん
あけまして、おめでとう!
今年も よろしく〜(^O^)
米村先生の日常手に取るように解るわ!
私も、先生のお顔が赤くなってるのに気付いた事があったわ。あれは寝不足だったんだね。
米村先生は、私達だけでなく家族にも気さくに話しかけて下さってたなぁー。あんなにお忙しいのに!
いついつまでも、米村先生にはお元気でいていただきたいし、私達も、助けて頂いた生命大切に愉しく生きていこうね!
今年もよろしく〜❗️
はじめての投稿です。
家内49歳が昨日、手術しました。
メインは腹膜偽粘液腫ですが、卵巣が腫れていたのと、
子宮からガンが見つかったので、卵巣、子宮全摘です。
粘液も一部ですが採取しました。病理検査のための手術でした。
関東首都圏の大病院ですが、今後も多分手立てがなく、効く可能性がないかも知れない抗がん剤投与となりそうです。
卵巣摘出で今後粘液が増えなければ良いのですが、粘液が増えるのであれば、やはりこの先、手立てがないようです。
骨髄異形成症候群という血小板の少なく血の止まりにく い病気も持ち合わせています。
今後、如何すべきか、何かアドバイスありましたら、教えてください。
hiroさん、はじめまして。
いろいろと不安なことと拝察いたします。
私は医療のことは素人ですからアドバイスにならないですが。。。
hiroさんがここに投稿されたということは、おおよそ気持ちは決まっているはず。腹膜偽粘液腫を積極的に治療する先生のセカンドオピニオンを受け、今後の方針を決めるということです。
ポイントは骨髄異形成症候群の影響ですよね。
卵巣・子宮全摘手術より、腹膜偽粘液腫の根治手術のほうがキツいです。出血量も多いし、合併症になる確率も高いと思います。
骨髄異形成症候群をさきほどネットで調べたくらいの知識しかなく、間違っているかもしれませんが、合併症で感染症になったらどうしよう、、、と思いました。
と、そんなことを素人が想像しても仕方ないので、やはりセカンドオピニオンで先生に伺うのが一番です。
まずは、腹膜播種治療支援機構の勝谷さんに、電話で状況をお話しすれば、もしかしたらある程度の目安となるお話が聞けるかもしれません。勝谷さんの電話は
草津総合病院の腹膜播種センターのページ(http://www.kusatsu-gh.or.jp/newhp/sukirusu/html/index%20sukirusu.htm)の下のほうの「お問い合わせ・外来のご予約」にあります。
そのうえで、米村先生のセカンドオピニオンを受けるなり、また関東の方でしたら、国立国際医療研究センターの下部消化管外科のセカンドオピニオン外来も良いと思います。
問題は、今の病院の主治医が度量の狭い人だったら困るな〜ということです。セカンドオピニオンを受けるには今の病院から資料をもらっていかないといけないから、内緒にはできません。
セカンドと言っただけでヘソを曲げるしょーもない先生も実際におられます。
奥様の病気のことを考えると、やはりまたお世話になる可能性もあり、良好な関係を保っておきたいところです。
敷衍しますと、
1)勝谷さんに電話でざっくりしたことを伺う。
2)電話から、セカンドオピニオンを受けよう(すなわち、手術を受けたい)と思ったら、関西の草津(米村先生)に行くか、東京の国際医療研究センターに行くか決める。どちらも行く手もあり。
3)今の病院の主治医に資料請求。下手に出ながら〜〜。
4)セカンドオピニオン。国際医療研究センターでは、根治手術後に何かあったら即座に受診や入院可能かも聞く。
米村先生はその手術数が世界一なので、わざわざ遠くまで行く価値はあります。が、遠いから、術後に何かあったときにすぐには診てもらえません。今の主治医が術後も連携して診てくれそうなら良いですが、微妙な感じなら、国際医療研究センターも捨てがたい気がします。
良い方向へ行きますように、お祈りいたします!
もっと何か聞きたい事がありましたら、些細なことでもどうぞ。と言っても、たいしたことはお伝えできませんが。。。
追伸:腹膜偽粘液腫の治療には手術ばかりでなく、抗がん剤で治療できる場合も(ケースバイケース。基本は手術)あるようです。
ご心配ですね。
僭越ながら、大きな病院ならば患者さんが相談出来る「医療相談」があると思います。
私の場合、病院の「医療相談」の担当者にセカンドオピニオンの相談をしました。
その担当者が私の担当医師にも話しを付け、煩わしい紹介状やらの手続きも進めて下さいました。
様々に手を尽くされたら、納得できるみちが見つかると思います。
術後4年半、元気にいる患者より
ぽこさん
あけまして、おめでとう!
今年も よろしく〜(^O^)
米村先生の日常手に取るように解るわ!
私も、先生のお顔が赤くなってるのに気付いた事があったわ。あれは寝不足だったんだね。
米村先生は、私達だけでなく家族にも気さくに話しかけて下さってたなぁー。あんなにお忙しいのに!
いついつまでも、米村先生にはお元気でいていただきたいし、私達も、助けて頂いた生命大切に愉しく生きていこうね!
今年もよろしく〜❗️
はじめての投稿です。
家内49歳が昨日、手術しました。
メインは腹膜偽粘液腫ですが、卵巣が腫れていたのと、
子宮からガンが見つかったので、卵巣、子宮全摘です。
粘液も一部ですが採取しました。病理検査のための手術でした。
関東首都圏の大病院ですが、今後も多分手立てがなく、効く可能性がないかも知れない抗がん剤投与となりそうです。
卵巣摘出で今後粘液が増えなければ良いのですが、粘液が増えるのであれば、やはりこの先、手立てがないようです。
骨髄異形成症候群という血小板の少なく血の止まりにく い病気も持ち合わせています。
今後、如何すべきか、何かアドバイスありましたら、教えてください。
hiroさん、はじめまして。
いろいろと不安なことと拝察いたします。
私は医療のことは素人ですからアドバイスにならないですが。。。
hiroさんがここに投稿されたということは、おおよそ気持ちは決まっているはず。腹膜偽粘液腫を積極的に治療する先生のセカンドオピニオンを受け、今後の方針を決めるということです。
ポイントは骨髄異形成症候群の影響ですよね。
卵巣・子宮全摘手術より、腹膜偽粘液腫の根治手術のほうがキツいです。出血量も多いし、合併症になる確率も高いと思います。
骨髄異形成症候群をさきほどネットで調べたくらいの知識しかなく、間違っているかもしれませんが、合併症で感染症になったらどうしよう、、、と思いました。
と、そんなことを素人が想像しても仕方ないので、やはりセカンドオピニオンで先生に伺うのが一番です。
まずは、腹膜播種治療支援機構の勝谷さんに、電話で状況をお話しすれば、もしかしたらある程度の目安となるお話が聞けるかもしれません。勝谷さんの電話は
草津総合病院の腹膜播種センターのページ(http://www.kusatsu-gh.or.jp/newhp/sukirusu/html/index%20sukirusu.htm)の下のほうの「お問い合わせ・外来のご予約」にあります。
そのうえで、米村先生のセカンドオピニオンを受けるなり、また関東の方でしたら、国立国際医療研究センターの下部消化管外科のセカンドオピニオン外来も良いと思います。
問題は、今の病院の主治医が度量の狭い人だったら困るな〜ということです。セカンドオピニオンを受けるには今の病院から資料をもらっていかないといけないから、内緒にはできません。
セカンドと言っただけでヘソを曲げるしょーもない先生も実際におられます。
奥様の病気のことを考えると、やはりまたお世話になる可能性もあり、良好な関係を保っておきたいところです。
敷衍しますと、
1)勝谷さんに電話でざっくりしたことを伺う。
2)電話から、セカンドオピニオンを受けよう(すなわち、手術を受けたい)と思ったら、関西の草津(米村先生)に行くか、東京の国際医療研究センターに行くか決める。どちらも行く手もあり。
3)今の病院の主治医に資料請求。下手に出ながら〜〜。
4)セカンドオピニオン。国際医療研究センターでは、根治手術後に何かあったら即座に受診や入院可能かも聞く。
米村先生はその手術数が世界一なので、わざわざ遠くまで行く価値はあります。が、遠いから、術後に何かあったときにすぐには診てもらえません。今の主治医が術後も連携して診てくれそうなら良いですが、微妙な感じなら、国際医療研究センターも捨てがたい気がします。
良い方向へ行きますように、お祈りいたします!
もっと何か聞きたい事がありましたら、些細なことでもどうぞ。と言っても、たいしたことはお伝えできませんが。。。
追伸:腹膜偽粘液腫の治療には手術ばかりでなく、抗がん剤で治療できる場合も(ケースバイケース。基本は手術)あるようです。
ご心配ですね。
僭越ながら、大きな病院ならば患者さんが相談出来る「医療相談」があると思います。
私の場合、病院の「医療相談」の担当者にセカンドオピニオンの相談をしました。
その担当者が私の担当医師にも話しを付け、煩わしい紹介状やらの手続きも進めて下さいました。
様々に手を尽くされたら、納得できるみちが見つかると思います。
術後4年半、元気にいる患者より
HIME
2014年03月27日(木)23:37
再発じゃなかったって?よかったですね〜。
続報楽しみにしてます(^_−)−☆
pom
2014年03月28日(金)06:21
HIMEさん、ありがとう。
先生から、いろいろ聞いてきましたよん。
八重桜(ちびまるぱんだ)
2014年03月30日(日)22:51
じゃー何だったの???
は さておき、よかったです~★♪☆♪★
ホッε=( ̄。 ̄;)フゥ
pom
2014年04月01日(火)02:38
ちびぱんちゃん、ありがと〜。
腫瘍には違いないけど、新たにってことではなかったみたい。