計画停電

この記事は、実際には2011年5月29日に記しました。

ずっとずっと、ネットで病気のことを調べていた。卵巣がんだったら腹水もあることだし、かなり悪いのだろうか? いや、腹水があっても、良性の可能性だって。。。

3月になってから憂鬱が私を支配していた。今まで考えたこともなかったことが世の中にも私の体にも起きている。呆然としながらも、それを事実として淡々と受け入れざるを得なかった。

17日はMRIの予約日で病院に行った。検査着に着替えたところで、検査は延期と伝えられる。これまで回避されていた計画停電がこれからあるというのだ。病院に来るには1日仕事、家からも車で1時間かかるので、なんとか停電が終わってから検査できないものか頼み、その日の夜に検査してもらうことになった。技師の方たちが快くOKしてくれて感謝。

時間になるまで、実家で待機することにした。外は信号機が消えていて、運転するのが怖かった。

なんでこんなことが起こるのだろう?

この記事は、実際には2011年5月12日に記しました。

この日、仕事の用事で外出していた。あともう少しで会社に戻るというとき、あの地震が起きた。立っていられなくて、大きな街路樹につかまって揺れがおさまるのを待った。思わず、そこにいた知らない人と見つめ合ってしまった。

その日は会社に泊まった。夜は床にダンボールを敷き、横たわった。膨らんだお腹が苦しい。横向きになると、今度は骨盤が痛い。すごいことが起きてしまった。私の体にも起きてしまった。なんでこんなことが起こるのだろう? なんでこんなことが起こるのだろう? なんで。。。 答えのない問いを、繰り返し繰り返し心のなかでつぶやいていた。

大学病院の婦人科に行く

この記事は、実際には2011年5月29日に記しました。

前日、夫に話し、紹介状を持って朝から二人で大学病院の婦人科に行く。内診、子宮の超音波、腹水検査、血液検査、CTを受けた。

わかったことは、両卵巣とも腫れていること、腹水は粘液細胞に似ておりがんの可能性があること。マーカーなるものはCEAが9.8、CA125が63.5、CA19-9が38.7ですべて数値の横に「H」が付いていた。またCA72-4は44.8。手術が必要であるとのこと。(医師がどのように話したか、今はあまり覚えていない。自分自身は落ち込むというより観念した気分だったように思う。)

次はMRIをして、その後受診することになった。

銀座医院に行く

この記事は、実際には2011年5月16日に記しました。

2月から「これは病院で診てもらわないと」と思うようになっていた。中年太りだと思っていたお腹ぽっこりがじわじわと張ってきて、ついにはおへそがめくれそうなくらいになってしまったのだ。

お腹ぽっこりとの関連があるのかわからないが、1年前の1月に、突発的に39度もの熱が出て3日間寝込んだ。家の近くの病院に行くとインフルエンザではないので、様子をみましょうとのこと。その後、くしゃみや笑うことができないほどの腹筋痛になり、また病院に行ったがわからなかった。筋肉痛は夏まで続いた。とにかく体に変なことが続いている。

また「様子をみましょう」で終わるのでは? そうは思いつつ、昨日は会社の近くの銀座医院を受診した。

担当は亀山先生。血液検査のほか、お腹を触ると腹水があるとおっしゃる。どうもそれがゼリー状だと(触っただけでわかるとは!)。

そして今日、超音波検査を受けた結果、卵巣がかなり腫れている、脾臓も大きいけれどこれは元々かもしれない。腹水はいろいろな病気が考えられるが、女性の場合、まず婦人科を受診したほうが良いとのことだった。

「紹介状書きますから。どこ行く? がん研とか、このあたりなら聖路加とか。」

「え? がん研? あ、あのう、今の診察状況から判断して、軽症だった場合、外科的処置ってありますか? 手術とか。」

「うん、開腹手術。卵巣がそのくらい大きいと、腹腔鏡は無理だと思う。」

え?え?「先生、意味がわかりませんでした。もう一度言ってください。」

「開腹手術。」

ショックを受ける暇もなく、行きたい病院があればそこに紹介状を書くと先生がおっしゃるので、乳腺の腺筋上皮腫で経過観察を受けている東海大学病院をお願いした。

亀山先生はすぐにインターネットで東海大の診療時間を調べてくださり、「明日、土曜日だけどやってる。明日必ず行くように」とおっしゃった。そして私の左手にちらりと目をやりながら付け加えた。「結婚してる? なら、ご主人も行くようにね。」