老紳士さんからまたまたお電話をいただいた。10月に私のテレパシーでお電話いただいてから数ヶ月ぶりのお声だ。
「展覧会の時期なのですが」と老紳士さんは仰った。
1年前のこの時期、老紳士さんの奥様が出品される展覧会を拝見しに行った。そのときの話をブログに載せたかったけれど、プライバシーにかかわるかもととどまった。
ご主人の老紳士さんとは、患者支援の会でお知り合いになってから何度かお会いしているが、同じ病気で同じ趣味の奥様とは、その展覧会で初めてお会いし、それきりお会いする機会を得ていない。
奥様は目鼻立ちの整った美しい方で、気品を備えていた。少しだけお話しし、どうしてそう言われたか忘れたけれど「良いこと言うわね」と私の肩をポンと叩いて、どこか江戸っ子的な活発さも垣間見せた。気難しい方かと思っていたが、まったくそうではなかった。
この日、電話をくださった理由は、今年は寒さも厳しく風邪を引きそうなので出品しなかった、とわざわざご連絡くださったのである。
老紳士さんといろいろお話ししているうち、老紳士さんご自身が夏からお体を悪くしているのが分かった。車で銀座でもどこでもいらっしゃっていたのに、それもかなわないという。
老紳士さんは驚くほど献身的に奥様を介護されている。いつも息抜きしたらどうかと申し上げるが「そうですよね」と仰るものの、そうはされていないようだった。
「介護サービスを上手に利用してはいかがですか? 毎日、ご飯の支度するのも大変でしょう。」
「そうですよね。少し、お願いはしているのです。でも、そういうのを使うのが後ろめたくて。」
「そんなことありませんよ。きちんと使って少し休憩しなければ、生活が続かないですよ。」
「そうですよね。わかりました。」
本当にわかってくれたかどうか。
でも、以前お話ししたことで、この日の会話から推測するに、1つだけわかってくれていたことはあった。かなりシビアな話だったんだけれど。どんなことかというと、悪性で再発がわかった奥様に対して、米村先生は半年後の診察予約を入れ、手術する時期についてはなぜか明言されなかったということについて。
言うべきかどうか迷ったのだが、私は言ってしまった。「ご高齢だし、かなり痩せてもいるし、手術は体力が持たないのでは? 手術したら痛いし苦しいんです。そんな思いをするよりも、今の穏やかな時間を二人で大切にしたほうが良いと私は思います。」
あのとき、老紳士さんは驚いた目をされた。言い過ぎたかなと思った。
穏やかな顔に戻った老紳士さんは、それからはっきりした声で「そうですよね」と仰った。