今度のiMacのデザイン変更は、iMacがMacを使ったさまざまな仕事にまで活用出来るようになったという事の強烈なアピール。実際MacBook Proとのカタログ上の性能差は無くなってしまった。それでもずっと道具としてMacを使ってきた者にとってはPro(昔ではPowerのついた)マシンと”i”マシンとの差は、仕事が立て込んだり作業が複雑になってくるなどここぞと言う時の馬力の違いにこそあるとの思いは簡単には消えない。同じくらいの数字ならちょっと頑張ってProマシンを選ぼう、ということになる。そういう認識が変化したのは一時期Macminiを入手してしばらく使ってみた時の事。なかなかやるじゃん、だった。
新iMacか少し前にアップグレード成ったMBP+モニタかで迷っている。単純に値段の比較だとiMacの方がかなり安いけれども、手持ちのマシン構成全体のビフォー・アフターを考えると大差ないのも迷う理由の一つ。予算がまとまるまでもう少し時間があるのでじっくり楽しみながら考えることにしよう。
仕事と言えば、経済状況がどうとかそんな時代だからとかあの人は言い訳していたけれども、雇われ職人さんたちに仕事を取られちゃうのならそれだけの腕だったという事。さらに精進すればいいだけ。または鈍感装って自分を信じ通すか。そういう意味でとてもわかりやすい世界にいるのだと思うよ(to K)。
いまだに引越はできず。物件枯れの時期もあるけれども、こちら側の懐も枯れているのだから仕方が無い。夏が終われば何か見えるか。
100円ショップで薄手のバッグを買った。買い物袋にしようと思う。所謂”エコバッグ”?エコねえ、エコはヤバいよ。身の回りにある生き物とそれらのエネルギー源であったり根ざすもの、そういうもののことを日ごろから気にかけて守りたいと願い、逆にそれらに守られるという取引は当たり前の事でしょう。その当たり前が見えなくなっていたということは確かにあり、だから「買い物袋」を買った。理屈や実際の流通から考えたら頓珍漢だとしても、まあとりあえず。
話の発端は良かったんだと思うよ。でも言葉が一人歩きを初めて大企業や団体の網に捕まり弄ばれるようになったらthe end。今やエコと付いていたら裏はなんじゃろって、つい思っちゃう。ただ余程のトンデモ理論でない限りは(企業の方便の一つに成り下がってしまったとしても)この件に関して人が考え歩を進めておかなければならないのだろうとは思う。
エコについては自分自身ちょっとした出来事があったので、またいつか改めて。