ice cream castles in the sky

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静かな夜

実家に来ている。
今回は外仕事が朝終了した後直接足をのばしてみた。駅前の新しいスーパーは朝6時からやっているそうでとても便利。去年のうちにポイントカード作っておいてよかった。夜も深夜過ぎまで開いているらしく、もし将来こっちに住むことになったらさらに活用できそうだ。
正月の片付けと年末に整理しきれなかった部分の仕上げのために来たのだが、その年末の大掃除によって長年物置と化していた部屋もその面積通りの畳が現れ壁もすっぴんに近い状態になった実家は、改めて見回してみると遠い昔この家が建った子供の頃を思い出させる。元々の風土の印象も重なり清々しい良い家だと思う。
この先数年後ここに住むことにするのか、今まで通り時々帰ってくるだけなのか、気軽には帰ってこれない遠くの地に引越しているかもしれないし、様々想像している。もう一度だけ引越しはしたい気持ちはある。引越しは旅みたいなものだった。長い休暇をとって旅行する代わりに引越しをしていた。旅先で長逗留し、そこで洗濯も自炊もして仕事までしていたようなもの。1、2年滞在すると尻がむずむずし始めて、次の旅に出たくなる。
一生ここに居ることになってもいいと思えるような場所には遂に行き着かなかった。この実家の存在を忘れてしまうような物件はそうそう無いのだろう。それぞれが安モーテルの一部屋みたいなものだったのだから当たり前といえば当たり前なのだが。それでもこうして実家に来てしばらく過ごすと早く家(今のアパート)に帰りたいと思い始める。家っていうのは不思議なものだ。

あ、新年

今年は元日から外仕事が入っていて、個人的には碌に正月らしいこともせず1週間が過ぎてしまった。餅さえ食えなかったことが何だかものすごく心に引っかかり、7日にスーパーで七草粥の素材を買ってきて他に手持ちを少々とこの日のために取り寄せた餅で雑煮をこしらえた。
寄せ集めの材料
個人的にはと書いたのは年末は実家で(自分なりに)ちゃんと正月支度をしたし、いくつかの手はずも整えて戻ってきたのだから年末感、年始感が全くなかったわけではない。ただ去年まではそれに加えて父のために年越しそばと雑煮を頑張って作っていたわけで、父が施設での年越しとなったことで幾らか楽にはなったのだが何やら味気なく、そんな気持ちも雑煮ロスの残念感に拍車をかけていたのだ。
七草雑煮はかなり高得点の出来だったと思う(自分比)。
七草用の素材七草雑煮

ところで久しぶりにここに書いてみたら、去年は夏に一度アップしただけだったんだな。今年はすでに去年越え。幸先良いではないか。

新年

年が明けました。おめでとうございます。
大晦日に実家に帰り元日に戻ってくるいつものパターンなのだけれども、この2日留守にするだけで戻って来た街の風景が違って見えるというか懐かしささえ感じるというのは正月効果というか勝手に感傷に浸っているだけなのでしょう。
年末年始は大学スポーツが花盛り。今日も箱根駅伝の往路をやっている。東京六大学野球をはじめとして大学スポーツに特段の興味を持てないのは途中で大学に背を向けて辞めているからなのかもしれない。今だったら違う考え方を持てただろうし別の大学に入学していれば違ったかもしれないけれども、若かったということなのかな。入りたい学科もその大学(と後もう一つ)にしか無かったし。
そのこと自体にはその後入った学校で今も付き合いが続いている良い友達を得たり、現在やりたい仕事ができていることを思えば後悔の類いは無い(まあそもそも後悔ってほとんどしない)のだけれども、大学スポーツに興味を持つことが少ないということだけがちょっと残念。見始めてしまえばゲーム自体は楽しめるし、高校でも大学でも地元の学校が躍進すれば結構盛り上がって応援するんだけれどね。
大学で得たものは勉学以外のことだった。美術部で合宿に行ったり、OBだったのかな様々な方面に知識が豊富な人の家での集会に参加したりした。その人の話は当時とても刺激的で危険な思想のように感じたのだけれども、今から思えば蒼い風景。辞める時に職員か教授か忘れてしまったけれども言われたことの一つに「君は死ぬ気で一つのことをやったことがありますか」というのがあった。少なくともあなたよりはあると思いますよと答えようかと思ったけれども止めた。これは後で自分にとっての発破的な言葉になると思ったから。直接的な励まし等も含め子供の頃から頂いたそういう言葉をいくつか大切に持っている。
実家では年越しそばと雑煮を作る。最初の頃よりはましなものが出来るようになったと思う。今年はとてもいい天気で澄んだ冷たい風が心地良かった。自然の中にある家、まちは自然と一緒に呼吸して代謝しているのだなあと今更ながらに自分が生まれ育ったまちに対して思う。
今年の自分とBoston Red Soxに期待したい。周りの人たちの健康と発展もお祈りします。

新年

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくです。
ここはブログにする前のものも一部含んでいるのですが、遡ることができる日付から数えれば丁度10年目になるようです。
10年たてばウェブで知り合った方々の中にも疎遠になる人もいて、新しい出会いもあり、なんだか一回りしたのかなという感覚もあります。
今年はいい年になるといいですね。
願いを込めて、雪を降らせてみました。

1月雑景

数年前からメールに切り替えていた新年の挨拶をほとんど出さなかった。かといって去年からそうしようと思っていたわけではないので年賀状を準備する余裕もなく、その点ではこのブログで軽く挨拶しただけの非常に無精なスタートとなった今年。ともあれよろしくお願いします。
インターネットはまだまだ赤ん坊のようなものだから何かの瞬間瞬間に熱中したりする。でも一方やっぱり向き不向きということはある。年始の挨拶は来年からはまた年賀状にしようっと。大した枚数を作るわけでもなし。と年始早々考えたりするわけだ。
仕事のお年始回りはいつもよりはきちんと。去年みたいに年が明けて初めてあった人に「今年もよろしく」と言ったのが2月に入ってからだったなんてことは、ない。今年は一年通してコンスタントではなくても、最後にニヤリと笑いたいと思っている。だから、はじめがかんじん。
寒い冬なんだと。何十年ぶりかの。でも割合元気でやっている。数年前のココロノサムサに比べればなんてことはない。たくさん自転車に乗っているし、歩いている。ただ、これだけ寒いんだからもう少し雪でも降れば?と思ったりするのは関東南部のように雪が風物詩であったりする地方だから。他方、被害が出るほど積もってしまうのは困りものだけれども、自然相手ではいかんとも。これだけ科学が発達してもその辺の調節一つできないんだよね。科学方面と言えば、この寒さをもっと効率よく暖房してくれる機器ってないものなのかということも問いたいところだ。来月の光熱費の請求を見るのが恐い。
ごめんなさい。2日だったかな、若干酔っていました。近所の大きな門松の一部である松のほんの一本をくすねました。現在焼酎の空き瓶に一枝挿しのように挿さっています。とても正月風です。

実家で元旦を迎え、適当なものではあるけれども父親が一生懸命作ってくれた雑煮を食べる。何時からか忘れるほどそれは正月恒例だった。そして餅を食べるのは、その朝と昼くらい。
今年自分の部屋で正月を迎えたと下に書いたけれども、もう一つ違うのは餅をここのところよく食べているということ。年末に2カ所から頂いた。ひとつはつきたてのもの。もうひとつはちゃんとしたパッケージ。つきたてのほうからいただいたのだけれどもこれが美味しかった。調理など何ができるわけでもないから、最初の一回は普通に焼いて、醤油ではなくポン酢を付けて食べた。その後数回はコンビニにある割合ボリュームがある、レンジでチンするタイプのスープシリーズを買って来て土鍋にいれ少し水を足し、沸騰したら餅を入れて数分。これまた想像以上に旨かった。使ったのは豚汁やミネストローネなど。和はもちろん洋風も正解だった。
さて、今日。在り合せで雑煮風のものはできないかなと考えた。去年の残りのレタスと薄切りハムを手でちぎって土鍋に。水120mlくらい。スープには永谷園の野沢菜茶漬けの素。沸騰させてパッケージの方の餅を2切れ入れた。餅はパッケージものとは思えないほど腰があって柔らかかったし、お茶漬けの素の具が青のりのように散らばって、見た目も雑煮、味も上々でした。というか味は想像ができたので心配していなかったのだけれども、レタスが柔らかくなりすぎないかという点が不安だった。でも残り物ということで芯に近い部分が多かったことがよかったのかな。ちょうど良い感じに仕上がり大満足。
さて、午後からは実家に顔を出してくるか。