思ひ出ドライブ

引越が済み、7割方片付いたところでそれだけ残してあった自転車を取りに戻った。ちょっと天気が悪かったこともあり予定よりも1日遅れで。都内をあちこち動いているだけなので(それと慣れてしまったこともあり)引越はいつでも適当にまとめた荷物を運んだ後で掃除をしに行き、鍵を返してから残っている小物をひっくるめて運んで来る。少し遠くへ引越す場合はその辺を一遍に済まさなければならないのだろうから大変だろうなと思う。
自転車は新宿方面から神田方面まで都心を横切って走った。曙橋に住んでいたともだちは結婚したけれども今も付き合いがある。いろいろあったがともあれ相変わらず元気なのが何より。
市ヶ谷の陸橋を渡ると靖国通りはその名の神社の前へ。この近辺にも住んでいたことがある。一階に出来た美味しいお弁当屋さんの若いご夫婦、元気かな。単なる客というより仲良くなり、そこを引越す時にはお祝いに花を頂いた。
神保町は今の仕事に入った街。おやじが一人で切り盛りしていたカレー屋、トンカツや天ぷらで一部熱狂的なファンを持つ「いもや」、いつも先生に連れて行ってもらった飲み屋。先生は少し足を悪くされてその分気弱になった感じがするけれども、お会いすると昔に戻る。少しでも楽になるといいし、いつまでもお元気でいてほしいと心から願う。また、神保町と言えば小田急沿線に実家があった者としては「東京」の入口は新宿、本を探すなら神保町だった。模試にも来たし、受験した学校もあった。それからすずらん通りのスキー用品店の親切な店員さん。今でもそれ以上のものを食べた事が無い絶品のメンチカツを乗せたメニューがあったカレー屋「カルメン」はふっと消えてしまったのだったっけ。誰か消息を知らないかな。
神田界隈には先生のところにいた頃の得意先もあったし、何と言っても経営状態が底をついた時の資金集めの場所だった。返済額と店舗数が最大の時には月の終わりは毎日のように訪れ金策。ただそんなことで後ろ向きになる事はなかったと思う。資金繰りは独立してからずっと、多分これからも意味合いは違うかもしれないけれども続いて行くのだろう。

春までに決めようと思っていた引越が、思わぬ物件の出現でトントン拍子に決まってしまった。今度の部屋は荷物が片付き始めてみると益々気に入ってきている。ここで何かをどうにかしたいな。前の町は本当に良い町だった。引越を繰り返した中での町ランクを勝手に付けるとしたら一番。新宿の隣だというのに緑がとても多く、どっしりしてそれぞれ個性がある家の並ぶ様はなかなかだったし、買い物をする店の便利さ等、根をはって住むなら最良ではないかと思った。ただ逆にそう思っていたからこそ、そういう町の中での古いアパートでの賃貸住まいは自分の中で何やら許せないものがあったのかもしれない。了見が狭いね。掃除に帰った時に今年初めての木犀の香りがした。


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