ice cream castles in the sky

折角

長い時間続いている、それだけのサイトでも続けるのにはそれなりにパワーが必要になる。9割方気分でお気楽に書いているのに何故なのかと考えてみれば、それが公開しているということなのだろうと思う。
通り過ぎる人はいても居着かないのは、普通の暮らしから遠く離れて違う国の違う言葉で書いてあるようなモノに見えるらしいから。直接そんな風なことを言われたこともある。そーゆー部分は自分に取っては(少なくとも「違う言葉」には見えないから)面白い部分でもあるので困ったものだが、人から見たら何かの記号の羅列にすぎず、「共感」は持ちづらいんだろうということは理解できる。いや、そんなことよりもアクセスが増え始めると(逆に言えば定着してきて自分としては飽きてくると)ドメインを移転してみたり放ったらかしたりする悪い癖があるということの方が原因なのかなあ。ま、いいや。
お店を開いているのと同じで世界に向けて発信している以上、ある日思いがけず誰かがやって来ることもある。そんな緊張感がいつも少しずつはある。また、見る人がいてもいなくても自分の感覚でこれはマズいだろうというものは置いておきたくない。それがいくつか前に書いたような誤字に対する神経質さにも繋がる。文章力は、これはもう仕方が無いわけだから、せめて打ち間違いは少なくしたいと。そうこうしているとそれなりに労力は必要になる。
それでも、何故書くのかといえば。
ここはまるで誰も人の来ない秘境ではあるけれども、一本アンテナを立てて置きたい。そういう気持ち。何かを残したいという気持ちは皆無だから死んだら共に朽ちて倒れるように細い木で。ときどき手をかけないと風で飛んだり折れたりする。その手をかけることが更新すること。そういうスタンスはホームページのことに限らない。現実もそんな感じだ。
でも現実の世界ではそこまで極端になれないので(秘境にはいないし)、時々思いがけないこともある。先日子供の頃の友だちが35年ぶりに電話をかけてきてくれた。今週末には会おうってなことにまで発展した。びっくり。
そう書いていて思い出したが、ネットを始めた頃の友だちが忘れた頃にメールをくれたりすることもある。この世に在る間全く一人で生きて消えることはできないという当たり前のこと。人の支えは有り難いなあ。
この後結果的に誰にも知られず消えて行くにしても、自分だけしか自分を知らないとしても生きている期間は生きていたい。死んだように日々過ごすのはカナシイ。僕がOnの状態の(生きている)5、60年よりも、僕がOffの状態の(
死んでいる間の)世界の時間の方が圧倒的に長い。折角だから生きていようと思ったし、生かしてみたいと思う。
まあ、明け方に仕事から逃避しているとこんな内容になるという見本。

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