12月28日。引越しその二。(当然)日本晴れ。のち、今年唯一の忘年会。ま、他にも「のようなもの」はあったかな。
前日から体調が悪かった。いつものように当日にはしゃきっとしているだろうと思っていたら、悪化していた。友人(店子くんです)と業者に思いっきりよりかかってなんとか終えるも、完全に片づかなかったため、29,30日と掃除などしに行くはめになる。
29日。仕事納め(形の上では。今日も出てるし)。体調回復せず。
ひとつ判ったことがある。独立して10年近く「気を張っているから、体壊して休んだことなんてねーよ(実際には数回ある)」と豪語していたのだが、つまりこの仕事、なんとか起き上がれて頭が回り、Macの前にたどり着ければ多少の具合の悪さは関係なかったのだ。前にも書いたようにずうっと起きたら3歩でMacの前という生活だったのでなんとかなってきたんだろう。そういえば、1時間Macで作業したら、1時間寝込み、というのを繰り返してやりくりしたことなんかもあったなあ。
そういうわけで「通勤」。たかだか2,30分のことなのに実に大変。特に具合悪かったりすると。
そっか。別に風邪一つ引かない健康体になったわけじゃなかったんだな。
でも要は慣れです。来年はいろいろ楽しみもあるし、走ってみようかな。
このページも、来年もよろしくね。
(もう少しで引っ越してしまうが)今の住処の近所にあるスーパー「赤札堂」内に100円ショップができた。別の場所にもあることを店子くん(説明が面倒なのでこう呼んでおこう)に教えてもらったばかりで、そちらもプチ感動した。100円ショップというと、役に立たなそうなちょっとしたものをとりあえず売っているというイメージだった。でも今時のお店は違うのね。いやあびっくり。赤札堂の中にできた店なんて開店セールということもあるのか、フライパンやちゃんとした(ように見えた)包丁や衣料品などなど、1000円以上はしそうなものがごろごろ。そこで寒風の中の自転車漕ぎのために襟巻き(マフラーちゅうような洒落たものじゃない)と手袋を買った。200円也(消費税別)。200円でこんなにあたたかく、幸せな気分になれたことってそうそうなかったよ。
引越し第二弾「寝床の移動」または「出戻り(こぶつき)」の準備を始めている。手で持てる程度の荷物を今日も運んできた。駅のエレベータに乗る時に同乗した若い人がこちらのキャスターが全部乗り切っていないうちにドアを閉め、ほんの僅か荷物にかすった。聞こえるように舌打ち。我ながらしっかりやな奴になってる。この1年くらいで同じような舌打ちを何度やったかな。気持ちがささくれ立っている。「弱い人」とか「強い人」などというものはそもそもはなく、「弱くなる時」「強くなれる時」があるだけなのだとよくわかる。
飲み下してしまおう。いろいろなことがあるものだ。人は変わるものだし、反面自分を見ているようでもあった。耳に残る声が気持ち悪い。胸の当たりにむかむか渦巻いているものを把握できる。把握できるものなら飲み下してしまおう。
なるほどねえ。そういう手で来るわけだ。何の記しも残っていないのだから無視してしまってもいい。でも10年前の感謝や、良好な関係だった時は確かにある。いやあ、弱り目に崇り目だねえ。どうしてぼくなんだろう。死にそうなモノのだす匂いをやはり同類が嗅ぎ付けたってことなのかな。
夜、テレビ番組でふと見た「キウイスタイル」。太古から続く自然が生きているかの国でも、イギリス人入植のころから自然破壊は増して来た。人間なんていなければ良かったんじゃないかとも思う。
この星が死んでいくのを目の当たりにしなければいけない時代に生きている。具体的な破壊の図には涙が流れる。でも、では自分は何をしているか。ゴミ出しの選別はきちんとしているか。その他にも気にしている部分は当然あるけれど、いい加減なところがかなりある。
ニュージーランドにはトンネルは3本しかないそうだ。それで時間がかかったと言う日本人にひとりのおばちゃんが言っていた。それでもあなたは目的地に着いたでしょう?回り道のおかげで見えて来るモノもあるんだよって。
森を山を切りくずしてトンネルを掘ってしまえば自然にとっては取り返しがつかない。あなたが回り道をしてかかった1時間かそこらで守れたものの大きさを知って下さいと言っているようにも聞こえた。
「キウイスタイル」とまではいかなくても自分のライフスタイルについて、もう少し考えてもいいな、そう感じた。