黙って仕事をしよう。そうしよう。そのために頑張ろう。完徹ができなくなった。ところどころ意識が飛ぶ。日曜の夜から寝床に入っていないのは確かなのだけれど、時間を使いきれていない。一度壊れているので壊れることに臆病になっていた。むしろ徹底的に壊してしまったらどうだ。それぞれの立場はその立場なりに大変だ。代わりたいなんて思わない。お金が余っている人も、暖かい家に住む人も、戦争の国に住む人も、忙しさと引き換えに充実感を得ている奇特な人も。無謀な忙しさは人を殺伐とさせる。空を戦闘機が飛び回って地上は焼け野原だ。着の身着のまま、当然余裕なんてモノはなし。暖かい家なんて想像すらできなくなってしまった。それでも野辺を歩いていく。歩くために歩くように、歩く分にすら足りない稼ぎに火を燈しながら。
何となくだけどイオンという単語の響きがぴったりくるかな。ひんやりして本当に心地よい大気の日でした。
やさしい冷たさ。人を殺したり消耗させたりするのではなく、人の根っこまで優しく届いて一新してくれる冷たさ。
夏、熱くても湿度が低ければ心地よく過ごせる日がある。その逆に空気は冷たくても適度に水気が満ちていて海や川がある水の星に住む感覚を思い出させてくれる。年に数回しか来ないこの日、地下室に隠って仕事をするのはもったいなかったな。
わかりにくいかな。ほら、ほんの子供の頃、春なのにちょっと肌寒い日に遠足に行ったこと、ない?近場のはずなのにとても遠くを歩いているような感じがした。そんな日。
次に次にと新しい環境を作ったり、新しい何かに興味をもってここまでやってきたので、その結果、どこかで破綻してもそれはそれでしょうがない。うまくいったらみっけもの。
人がそうしているのは納得できないのだろうけれど、ぼくからみればあなたもそこそこ何かにチャレンジしたり新しいものを手に入れたりしているように見えないこともない。
確かに複数人で家庭を作り経済的にも(ひとり自由業のときよりは)余裕ができたのだろうし、そのなかでやれる範囲のことをやっているのでしょう。
確かにこちらは今日の食事を無事にやり過ごせるかどうか、という状況。「新しいこと」なんて言っている場合じゃないのかもしれない。
「新しいこと」をするときにあなたは理路整然と正論を言い、こちらは支離滅裂だ。
ただ、小さくうずくまって黙り込んでいても何も変わらないか悪くなるばかりだと思っている。動かなければと焦っている。兎に角動くように動いてみる。
長い旅に出ているんだろうな。それなら辻褄があう。居候のような(今はほんまもんの居候)仮の住処暮らしといい、優しい人の住む家で握り飯を頂いているような食生活といい(280円で食べられる牛丼、閉店間近のスーパーの半額のお惣菜は本当に助かる)、ボストンバッグに何年か前に詰めたままの洋服を着て、何処へともなく歩き続ける。頂いた賃金は右から左へ消えてしまうのだから生業としてそれは機能しているのかどうか。
無一文で旅を続けている。旅の仕舞になにがあるのだろう。
インターネットを止めれば、1カ月4000円程度が助かる(ドメインをとって、常時接続にしてもそんなもんだよ。もっと検討した方がいい人を何人も知ってる)。でも実際に4000円で助かるものなんてたいしてない。そりゃあ、牛丼を14杯は食えるけど。だって仕事に使っているんだから損失の方が大きいよ。すべてはてんびんばかり。