ice cream castles in the sky

引越

夜が帰り支度をはじめて朝が1日の準備を始めるそんな狭間の時間に、ほぼ毎日更新されるブログにて問われていたことに答えてみる。5、6年ですか、そうですか。そのころは飯田橋にいたのかな。だとすると、それから硬軟取り混ぜて(何が「硬」「軟」かわからないけれど)5回目の引越でござる。東京に住み始めてからなら10回くらいかなあ。それぞれの引越にはひとつひとつ理由はあったのだけれど、今回のもまた新しい試みでもある。周りを見てみると、引越とはあまり縁のない人と部屋の更新が近づくたびに引越を繰り返す人の2種類がいる事に気づく。引越する人は引越さない人の事を理解できるけれども、どうやら逆は成り立たないようだ。要は旅と一緒なのよ。人は何故旅行をするのかということと何故引越すのかということの答えはかなり近いと思う。もちろんここは「家」なんだけれども、「仮の宿り」という気持ちが数%常にある。割合近い場所に実家があり何時かそこに帰るのかもしれない。それとも何処か新しい場所に旅の終わりがあるのかな。

One Comment

  1. 懐奈 2005年1月26日

    ええ、私が師匠と知り合ったばかりの頃、師匠は飯田橋にお住まいでした。
    多分、六年前の話。もしかしたら、七年前かも知れない。あ、七年前ですね、丁度(と思います。って、あれ、五回目でしたっけ? 六回目じゃありませんでしたっけ?)。
    もしも、人は何故旅をするのか、の答えと、何故引っ越しを繰り返すのか、の答えが、非常に近しいと言うのなら、そのお気持ちは大変理解出来ます。
    但、人が繰り返す旅路には、真実の意味での終着点があるのか否か、大変怪しい、と私は思う質なので、賛同したい気持ち半分、賛同したくない気持ち半分です。
    旅とは、終わりにしたくないものでもあり、終わりにしなくてはならないものでもあるのでしょうから。
    終わらないで欲しい夢と、終わりにしたい夢と、双方、見ていたいではないですか。
    終わらない物を繰り返すのは、或る意味ではしんどいことで。終わりを迎えることは、或る意味では寂しいことなので……って、我が儘ですかね。

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