野球中継考
満月
夕べ腹が減り何か食事と、ついでに酒も少々と思い仕事場近くのコンビニへ向かう。交差点の手前少し前を歩いていたご家族と思われる3人連れのお一人おばあさんがおもむろに立ち止まり、斜め上を見上げて手を併せた。つられて見上げると中秋の名月。永遠のようにウサギが餅をつき続けている。ちょっと素敵な場面だった。
ふと気になったことがある。都内に住み始めて大分たつけれどもときどき気になっていたこと。ふと人が路上で立ち止まり手を併せる風景というのに割合よく出くわす。例えば神社なら神社の手前の路上から、あるいは参道の遠く手前から鳥居を眺め、しばし手を併せまた通り過ぎる。見ている方も少しだけ心が洗われるような気がして清々しい風景ではある。もちろん折々にはきちんと拝殿までお参りしておられるのだろうけれども、それには及ばない日々の簡単な報告のようなものをされているのかなと思う。
田舎だと神社とかお寺さんは子供にとっては遊び場だし、大人にとっても普通の生活エリアの一部だったりするんだ。うちは割合有名でもある神社を中心に広がった町だったから、参道の途中で旅館を営んでいたり、土産物屋をやっている家の子供と同級生なんていうことも多々あった。
都会の人から見る神社仏閣っていうのは、そういうものに対する敬虔な気持ちというのは同じでも、さらにもう一段敷居の高いというかきちんとしなければならない対象なのかなと思った。それから江戸っ子的なせっかちさってのもあるのかしらん。お月さんにしても、子供の頃は団子とススキを供えた縁側から見上げ、おばあちゃんと手を併せたりもしたけれども、それはそういうものだった。ふいにそういう気持ちになって路上で立ち止まってどうこうということはなかったし、そういう方を見たこともなかったので、所変われば的な思いを持ったのだろう。
あ、それから肝心な点としては、こんなに大勢の人が昼夜を問わず出歩いていたりはしないな、田舎では。
霧と砂の家
最近恒例になりつつあるTSUTAYA週一の格安日のレンタルで先週「霧と砂の家」と「Round Midnight」を借りて来たのだけれど忙しくてRound Midnightは見られなかった。残念、もったいない。
霧と砂の家は「家」についての思い入れとか、移民の悲哀とか、良くできたストーリーだと思った。ちょっと作り過ぎかなという気もしたけれど、面白かった。移民の気持ちは実感するというわけにはいかないのだけれども、想像はできる。故郷のことを否定されたら、それは辛い。ただ、実感できない故のもどかしさはあり、それも含めて割合淡々と見てしまった。おまけの予告編にあったように全米が泣いた(とは書いてなかったけれども)というような感動には至らなかった。でも本当の悲劇っていうのは案外淡々としているものなのだとも思う。美しい絵づくりもあって、余韻は強く残った。
代々そこに在る家とかそれを継ぐという思いは洋の東西を問わずに強いものなんだね。先日のハリケーン、カトリーナの被害の最中、現地の人が家を離れたくないと強制退去を拒んでいた様子も思い出した。実家を放ったらかしていい加減な暮らしをしている僕でも田舎を大切に思う気持ちはないではない。ただ、そこまで執着はしないかな。
Stay hungry, Stay foolish.
先日の帰り道、電車の中で誰かの新聞の広告だったか中吊りだったか、AERA 2005年9月19日号のことが出ていて、iPod電話とかジョブス講演録等の文句に引かれて乗換駅のキヨスクで買い求め読んだ。iPod電話はともかく、ジョブスの講演(スタンフォード大学で行った卒業を祝すスピーチ)はオリジナルが同大学のページに掲載されていて、読もうとしたこともあったのだけれど挫けていたので、抄訳とはいえ有り難かった。
海を越えて
何はなくともボストンレッドソックス。時に想像を超えたタフさで勇気づけてくれる大好きなチームだ。メジャーリーグのウェブサイトでは各チームの様々な商品が通販できるようになっていて、日本からも購入することができる。もう数年前からあれとこれと…と品定めをしながら「その時」を待っていた。この数年といえば、ひどく低迷していて自由になるお金がなかったり、少し余裕ができれば結局仕事=Macintoshの周辺に使ってしまっていたから、いつもコンピュータウインドウショッピングで我慢せざるを得なかったのだ。
去年我がチームは86年ぶりのワールドチャンピオンとなり、とうとう「その時」は来たと思った。欲しいアイテムをいくつもウィッシュリストに放り込み(運送代等がかかるから多少まとめた方がお得)、さて購入と申し込んだのが夏になる前。うまくいかなかった。カードでのやり取りの不備や、それに伴うタイミングのすれ違いがあったりしてつたない英語メールでのやりとりを何度もし、とうとう発送の連絡をもらったのはシーズンの連覇も見えて来た最近だった。(写真はセント・パトリック・デイのスペシャルユニフォーム、カート・シリングモデルを着てご満悦のわたくし)これで流れは分かったので、次は今年の優勝記念だな。まだまだ欲しいアイテムがあるのだよ。わくわく。
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選挙の日に
大統領の理髪師
東京映画祭のプレイベントとして昨年の観客賞・最優秀監督賞である『大統領の理髪師』が上映されるというイベントがあり、招待券を手に入れた友人のご相伴に預かり赤坂区民センターホールへと出かけてきた。この日は衆議院選挙の日。選挙権は事務所を置いている街に残したままなので、早めにそちらに向かいついでにひと仕事して近所の小学校で結果的には負けた人に投票。
無事友人と合流、鑑賞。映画はいきなり選挙のシーンから始まる。主演の俳優さんを含む家族が演じる庶民の風景がとても良く、自分と同時代だったことやお隣韓国の映画ということもあり妙に懐かしさも漂う。歴史的には日本の影も見え隠れしつつもそれを否定するでもなく肯定するでもなく、庶民の目ってそうなんだよなあと感心したり。そんな普通の人が大統領の理髪師になってしまって…というドラマ。でも庶民は最後まで庶民。しみじみとほっとする良い映画だった。サンキュ、友だち。
ひとしきり茶などして(お酒には少し早かった)、開票速報を楽しみに帰ったのだけれど、久米さんが番組開始直後に出口調査の結果を発表して、ああそうなの、と思ってなんとなくごろっと横になったらそのままうたた寝してしまった。
